定期通信 第71号

定期通信第71号は、東京農業大学 食品安全研究センター長で、総合研究所教授でもある、五十君 靜信理事長による書き下ろし原稿、「食品衛生行政の40年を振り返る~時代の要求は、食品衛生から食の安全へ~」です。是非、お読み下さい。

”食品衛生行政の40年を振り返る~時代の要求は、食品衛生から食の安全へ~”
五十君 靜信
東京農業大学 食品安全研究センター長/総合研究所教授

私が食品衛生行政に関わるようになったのは、大学院で動物由来ブドウ球菌の分類に関する研究により学位を取得した後、1980年代半ばに、当時の厚生省の研究機関である国立予防衛生研究所に入所し、病原微生物の制御に関する調査・研究を始めたころでした。

同研究所では、それまで食中毒を含む感染症や細菌毒素に関する研究が活発に行われていました。私が研究員として入所したころには、基礎研究の主流が、細菌や細菌毒素からウイルスや免疫に関する研究へと移りつつありました。

その後、厚生省傘下の研究機関の再編が進められ、1997年には、国立予防衛生研究所が国立感染症研究所に、国立衛生試験所が国立医薬品食品衛生研究所に名称を変更しました。2001年には国立健康・栄養研究所が独立行政法人となり、2002年には国立公衆衛生院などの統合により国立保健医療科学院が設立されました。さらに、2025年4月には、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが統合され、特殊法人である「国立健康危機管理研究機構」が発足しました。

行政組織も変化してきました。2001年には厚生省と労働省が統合され、厚生労働省が発足しました。2003年には食品安全委員会が設置され、食品のリスク評価を行う機能が、リスク管理を担う行政機関から分離されました。2024年4月には、食品衛生に関する規格基準の策定などを担う食品衛生基準行政が、厚生労働省から消費者庁へ移管されました。一方、食品衛生の監視行政は、引き続き厚生労働省が所管しています。このように、わが国の食品衛生に関わる行政組織は、この40年の間に、社会情勢の変化に合わせて大きく変わってきました。私は、こうした国内外の食品衛生行政の変化を体感してきました。

国際的にも、世界貿易機関(WTO)の「衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)」や「貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)」を背景として、食品のリスク管理には国際整合性が求められています。

SPS協定では、食品安全に関する国際基準として、コーデックス委員会(Codex Alimentarius Commission)が策定する規格、ガイドライン、勧告が位置付けられています。加盟国は、原則としてこれらに基づいて措置をとることとされ、より高い保護水準を求める場合には科学的な正当性が必要とされます。

TBT協定では、製品の安全性や環境保護などを目的とする技術的規制が、不必要な貿易障壁とならないよう、ルールが定められています。また、食品の微生物検査の分野では、国際標準化機構(ISO)が策定する試験法などが、国際整合性を図るうえで重要な参照先となっています。

わが国でも、食品衛生の国際整合性を図るため、コーデックスの考え方を踏まえた制度の整備が進められてきました。2018年6月の食品衛生法改正により、HACCPに沿った衛生管理が制度化され、2021年6月からは、原則としてすべての食品等事業者に取り組みが求められるようになりました。微生物試験法についても、国立医薬品食品衛生研究所を中心に、ISO法などとの整合性を考慮した検討が進められ、その成果が国内の公定法にも反映されてきました。

国内外の食品衛生を取り巻く情勢が変わり、国際整合性が求められる中で、食品の微生物検査の分野も大きく変化してきました。当法人*の前身である「食の安全を確保するための食品微生物検査協議会」は、微生物検査を通じて食品の安全性を確保するための情報を発信し、食中毒の低減と社会への貢献を目的として設立されました。当初の課題は、国内の微生物検査の質の向上でした。2011年には、任意団体から特定非営利活動法人(NPO法人)へ移行し、社会に対する責任をより明確にした活動体制となりました。その後、食の安全に関わる社会情勢の変化を受け、アンケート調査を通じて会員とともに将来の方向性を検討し、法人名称の変更と定款の改定を行いました。東京都による審査・認証を経て、2022年8月から「NPO法人 食の安全と微生物検査」として活動し、現在に至っています。

*:私が国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部に勤務していた頃、「世界の食中毒情報」を発信する団体「食の安全を確保するための微生物検査協議会」を知り、入会して、その資料集を入手し、自身の研究に役立てていました。その後、その同協議会から役員として活動に協力して欲しいとの申出があり、2007年度から理事としてその活動をお手伝いしてきました。同協議会が任意団体から特定非営利活動法人となった後も理事を務め、2019年度からは「NPO法人食の安全と微生物検査」の理事長を務めています。

さて、国内ではHACCPの制度化により、食品衛生は次の段階に入ったと思います。こうした社会情勢の変化に伴い、衛生管理を中心とした「食品衛生」に加えて、より広い視点から「食品安全」を考えるための情報が求められるようになりました。食品衛生では、食品の製造、加工、保存、流通、販売、消費に至る各過程で、病原微生物による汚染、有害化学物質の残留、異物の混入などを防ぐことが重要です。食品安全では、こうした衛生管理に加え、食品そのものに由来するリスクを科学的に評価し、消費者の健康への悪影響を防ぐための幅広い取り組みが求められます。食品衛生は、食品安全を支える重要な分野の一つと捉えることができます。

食品安全を考えるうえでは、まず、食品そのものの安全性をどのように捉えるかが基本となります。その際に重要なのが「食経験」という考え方です。通常の食品の多くは、毒性試験によって安全性が確認されているわけではなく、長年の摂取実績が、安全性を判断するための重要な根拠となってきました。ただし、食経験があれば、どのような量や条件で摂取しても安全というわけではありません。それでは、十分な食経験のない食品、例えば遺伝子組換え食品や新たに開発された食品(培養肉とも呼ばれる細胞性食品や、新しい機能を持つ食品など)の安全性を、どのように確認すればよいのでしょうか。また、食の安全を広く考えると、悪意による食品への有害物質の混入などを防ぐ食品防御や、食品の安定供給を確保する食料安全保障も、関連する重要な課題です。

今後は、これまで培ってきた食品衛生の知見を基盤として、より広い食品安全の視点から食の安全を考えていかなければならないと思います。

以上

(更新:2026.10.16)

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