衛生管理と手指
小沼 博隆 (東海大学海洋学部水産学科)
はじめに
食品による危害発生要因は、主に微生物学的要因、化学的要因および物理学的要因だと考えている人達が多いと思う(表1)。さらに、細菌性食中毒の発生要因を調べてみると、その要因は、(1)原材料が既に汚染、(2)二次汚染(交叉汚染を含む)、(3)長時間放置、(4)加熱不足および(5)冷却不足などが挙げられる(表2)。しかし、食中毒の原因をさらに追及していくと、そのほとんどはヒトが原因であることに気づくはずである。
表1 食中毒・腐敗変敗の発生要因 | 表2 危害発生要因 |
---|---|
|
|
表3 危害発生要因 |
---|
|
表3は、主な食品事故発生の根本的要因を挙げたものであるが、本稿では特に「思い込み」、「偏見」および「無知」について簡単に触れておく。「思い込み」は、あまり時間をおかずに気が付く場合はよいが、10年も20年も思い込んでいる場合は、それは「偏見」となってしまう。その原因は、まさに「無知」であることのなにものでもない。
「無知」を解消するためには、食品の衛生管理に関連する講習会や研修会にこまめに出席して新しい情報を常に把握しておくことをお勧めする。
そこで、本稿では「思い込み」、「偏見」および「無知」と関連して手指の衛生に触れることにする。
1. 手指の衛生
昔から、衛生管理の筆頭に挙がっているのは「手洗いの励行」である。手指の衛生は効果的な汚染防止対策と言われながら十分にできていないのが現状である。
手洗いが十分にできない理由には大きくわけると4つにわけられる。
- 「ハード面の問題」:そばに流しがない。流しが遠い。要求しても改善してもらえない。
- 「知識や理解度の問題」:その必要性が理解できない、知らない、知りたくない、わかっていても重要には思っていない。
- 「時間的な問題」:緊急を要するとき、時間がない。手洗いのタイミングが計れない。
- 「皮膚への影響」:手あれがひどい。手にしみる等である。
2. 手指が原因と思われる給食施設の黄色ブドウ球菌汚染
1996年8月のカイワレ大根による腸管出血性大腸菌O157騒動はご存じの方は多いと思うが、この事件に関連して筆者は厚生労働省の要請により日本全国の主な学校給食施設、病院給食施設、ホテル調理施設およびファミリーレストラン調理施設等を3年間に渡って調査した。その結果、ある病院給食施設において一人の働き者の従業員の持つ黄色ブドウ球菌が給食施設全体および給食までも汚染させていた事例に遭遇したので、その概要を述べてみる。
病院給食施設の細菌汚染実態を調べる目的で、食品原材料、施設内環境と設備(床、壁、機械、器具、器材、その他)および手指、長靴等について一般細菌数、大腸菌および黄色ブドウ球菌を調べた。分離した黄色ブドウ球菌についてはリボタイピングを行った(注1参照)。
その結果、一般細菌数が100cm2当たり 106CFU以上示した場所は、蛇口のカラン、冷蔵庫の取っ手、エレベータのボタン、ジェットタオル内側、温蔵庫の棚、鶏肉等であった。使用水では排水のみであった。
黄色ブドウ球菌は、キャベツ洗浄水、手指、蛇口のカラン、冷蔵庫の取っ手、炊飯器取っ手、靴底、エプロン、台車の車輪、エレベータのボタン、ジェットタオル内側、温蔵庫の棚など調理施設の広い範囲から分離された。種々の場所から分離された黄色ブドウ球菌のリボタイプを整理してみたところ、菌株間で相関が認められたのは排水、洗浄水、手指、ワゴン車輪、床、冷蔵庫取っ手、炊飯器取っ手、アルコールスプレーのトリガー部分、エプロンなどであった。
これらの成績から、黄色ブドウ球菌のリボタイプが共通していたのは特定作業者の手指であった。以上の結果から、黄色ブドウ球菌の汚染経路は、特定の作業者が持つ黄色ブドウ球菌が汚染源となり、その手指から洗浄水やエプロン、冷蔵庫取っ手、炊飯器取っ手、床など調理施設全体に広がったものと思われ、その汚染源は手指である可能性がきわめて強いと考えられた。
おわりに
病原微生物の主な感染経路は、空気感染、飛沫感染、接触感染の3つであるが、食中毒菌の最も多い汚染経路は接触であろう。その接触汚染を防ぐ手段として重要な役割を果たすのが手指を清潔に保つことである。それには手袋の着用や手袋を外した後の手洗いといった手指を介した汚染を予防することである。
しかしながら、手指を清潔に保つことは難しく、個人差が強くでるのも事実である。したがって、食品調理従事者に前述したような事例を紹介し、手指を清潔に保つ重要性について継続的な教育ならびに訓練を行い理解度のレベルを上げていくことが必要不可欠と考える。
注1) リボタイピング法(RiboprinterTM、Dupont Quarlicon社製)
リボタイピング法とは、細菌DNA を制限酵素で切断後に電気泳動を行い、分離された断片の中からリボゾームRNA
をコードする遺伝子を含む断片を検出してそのパターン(リボタイプ)を調べる方法で、疫学研究の分野でも応用されている。身近な例にたとえると、リボタイプは「その菌株の指紋である」と言い換えることもできる。