定期通信第65号の著者は、2024年から当法人の理事に加わっていただきました、小暮実先生による書き下ろしです。
小暮先生は、東京都の中央区で40年近く食品衛生監視員として勤務され、豊富な現場での経験をお持ちです。その実績を踏まえて、食品衛生監視員の仕事から見た微生物検査について「食品衛生監視員の仕事と微生物検査」を執筆していただきました。 是非、お読み下さい。
食品衛生監視員の仕事と微生物検査
小暮 実
NPO法人食の安全と微生物検査 理事(元中央区食品衛生監視員)
NPO法人食の安全と微生物検査 理事(元中央区食品衛生監視員)
私は、1978~2017(S53~H29)年まで39年間、中央区の食品衛生監視員として様々な経験を積ませて頂きました。ちょっと古い話も入りますが、食品衛生監視員の仕事から見た微生物検査について記載させて頂きます。
地域保健法と保健所設置市
保健所は地域保健法に基づき設置が義務付けられており、2024(R6)年の設置状況を表1に示しました。1990(H2)年には全国に850ケ所あった保健所は、現在、468ケ所に集約されています。1),2)
このため、一つの保健所で複数の自治体をカバーする保健所も多く、東京都では、23区、町田市、八王子市には各々の保健所が設置されていますが、他の三多摩地区や島しょ地区は表2のような配置となっています。新型コロナの対応など、複数の自治体と連携して対応することは大変だったことと推察します。
また、表3に神奈川県の保健所の設置状況を示しました。このように、各自治体によって設置状況が異なり、その指揮命令系統が異なることが解ると思います。
保健所の食品衛生検査施設
保健所では、食品衛生法第28条に基づき食品等の収去検査が実施されています。収去した食品等を検査するため、食品衛生法第29条で都道府県や保健所設置市には、食品衛生検査施設の設置が義務付けられています(表4)。
従来、検査施設では微生物検査や理化学検査が実施されており、1997(H9)年からはGLPが義務化され、その後、精度管理も行われています。しかし、理化学検査については各種の分析機器や検査試薬等の管理に有資格者や経費がかかることから、外部の登録検査機関に委託する自治体が増加しています。こうした傾向が懸念されたため、2011(H23)年に食品衛生検査施設の設備や職員の配置について、各自治体が条例で定めるよう法改正されています。
しかし、食品衛生検査室を設置してあっても、理化学検査だけでなく微生物検査についても外部機関に委託する自治体も現れています。特に、新たに中核市となった自治体では、食品衛生検査施設の維持管理が負担となっています。このため厚生労働省でも、こうした外部検査機関への委託を認めざる終えなくなっているのが、現状のように見えます。
規格基準と指導基準
食品衛生法第13条に基づき、乳及び乳製品の成分規格等に関する命令(旧乳等省令)と食品・添加物等の規格基準(告示第370号)が定められています。
一般食品の規格基準は表5のとおり、成分規格、製造基準等、保存基準と23品目の各条となっています。各条のうち、細菌に関する成分規格(抜粋)を表6に示しました。
冷凍食品の規格基準
冷凍食品の規格基準は上記のとおりですが、この規格基準については下記のような課題があると考えています。
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市販されている「そうざい」や「そうざい半製品」には規格基準の適用はありませんが、冷凍食品には厳しい成分規格が適用されること。「ゆでだこ」や「生食用鮮魚介類」についても同様です。 - 一方で、流通のために冷凍し解凍販売するいわゆる「フローズンチルド食品」については、同様の規格基準の適用がないこと。
- 衛生指標菌である細菌数の培養温度と時間は、表7のとおり食品ごとに異なっていること。3)
- 冷凍食品の生菌数は、10倍希釈液を10倍希釈した100倍希釈を細菌検査の試料原液としていること。
- 生食用鮮魚介類等の規格に大腸菌ではなく大腸菌群陰性が採用されていること。
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大腸菌E.coliの検査方法では、EC発酵管による44.5℃24時間の培養により推定試験を実施しており、本来の大腸菌(E.coli )ではなく、いわゆる糞便系大腸菌(E.coli)の検査方法となっていること。 (大腸菌、大腸菌群、腸内細菌科菌群について図1に概略を示します。) - 公定法では、酵素基質培地法等の検査方法が認められていないこと。 など
なお、フローズンチルド食品については、2007~2012年まで厚生労働科学研究で「冷凍食品の安全性に関する研究」等が報告されていますが、法改正には至っていません。
私が、保健所に勤務し始めたのは1978(S53)年です。この頃、築地場外市場では、冷凍食品を不十分な冷凍設備で販売するのが常態化しており、これらの冷凍食品を収去検査すると規格基準違反が当たり前のような状況でもありました。規格基準違反が判明すると収去した業者に、同ロットの商品の販売を停止するなどの措置を取っていました。
これらの違反は冷凍食品の製造企業の責任ではなく、販売した業者の責任ですが、築地の場外市場の業者はいずれも零細な事業者でした。ある日、販売停止した元冷凍食品の処理に困った業者に、先輩監視員が取った行動には唖然としたことを思い出します。業者に販売停止した商品を保健所に持参させ、その場で包装をハサミでチョキチョキと切り、そのまま持ち帰って試供品にするなり、そうざいとして販売するなり好きにするよう指導したことです。
冷凍食品の定義(表8)は、「製造し、又は加工した食品及び切り身又はむき身にした鮮魚介類を凍結させたものであって、容器包装に入れられたものに限る。」となっており、確かに容器包装から出してしまえば規格基準の適用を受けません。
同様に、生食用鮮魚介類である冷凍マグロについては、容器包装に入っていなければ冷凍食品の生食用鮮魚介類の規格基準の適用を受けていません。このように、冷凍食品の規格基準については、現状では矛盾の多い規格であると考えます。現在の豊洲市場では衛生的になっていますが、旧築地魚市場では、セリにかける冷凍マグロを手鉤で大八車に乗せ、セリ場の渡り板や床に並べてセリをする状況が長らく続いていましたので、大腸菌群陰性の担保はかなり難しい状況でした。
中央区内には築地市場があったため、輸入食品関連事業者も多く、数多くの違反食品処理を行っています。冷凍食品の違反処理のため来日された海外企業の品質保証の方から、「そうざい類には規格基準がないのに、冷凍すると規格基準が適用されるのは何故ですか?」と質問され、何度も回答に困惑したことを思い出します。このように、日本の冷凍食品の成分規格はガラパゴス化しており、グローバルスタンダードとは異なっています。
2013(H25)年には「日本再興戦略」が閣議決定され、当時約4,500億円であった農林水産物・食品の輸出額を2020年に1兆円に、更に2030年には5兆円にする目標を立てて各施策が実施されています。海外に加工食品を輸出する場合には、海外の規格に適合したものでなくては輸出できません。冷凍食品の規格基準についても、再考する機会が来ているように思っています。
なお、冷凍食品の成分規格のうち、生菌数やE.coli陰性については表9のとおり適用除外が通知されています。冷凍パン生地については、海外からの要請により通知されたものと考えます。この通知に記載された理由であれば、原材料にE.coli汚染が一定程度認められる食肉類を加工した冷凍食品なども同様な取扱いで良いように考えられます。
食品衛生監視員の仕事
2009(H21)年に食品衛生監視指導計画の策定が義務化され、全国の自治体で計画と結果が公表されています。食品衛生監視員の仕事を表10に示しました。■印の仕事については、計画をたてて実施することができますが、●印の仕事については、いつ発生するかは分かりません。
特に、食中毒事件の処理に当たっては、 限られた人員の中で緊急対応しなければなりませんので、他の仕事を中断してでも優先対応していました。
中央区内には、銀座・日本橋・築地・月島地区などがあり、飲食施設が多いことから食中毒調査も多くありました。食中毒事件と断定して営業停止処分を行う事件は年に数件でしたが、営業停止処分に至らない有症苦情事例は、その10倍近くあったと思います。39年間の勤務ですので、調査に当たった事件数は、数千件以上になると思います。
保健所では、いつ事故が発生しても対応できるよう日常から備えており、実際に数多くの事件を処理していることから、行政の中でも危機管理対応に慣れた職場であると考えています。
細菌検査と大腸菌E.coliの定量
一番の日常業務は、営業許可申請に基づく新規および更新施設の監視業務です。中央区内には、食品衛生法と都条例を合わせて約17,000件の許可施設があり監視員数が17人でしたので約1,000/人の施設があり ました。
この中から、食中毒予防のため弁当類やそうざい類の収去検査を実施していました。検査項目は原則として、細菌数、大腸菌群、大腸菌、黄色ぶどう球菌、セレウス菌の5つです。必要に応じて、クロストリジアやカンピロバクターなどを実施します。
なお、中央区検査室では、大腸菌については定性試験とともに3本法によるMPN定量検査(表11)を実施していました。また、黄色ぶどう球菌については、MSEY培地による定量検査の他、増菌培養も実施していました。
表12に、1996~1998(H8~10)年に収去検査した約1,500検体のうち大腸菌を検出した約100検体のMPN値を示しました。レバー刺し、とり刺しなどの生食用肉類やサラダ類の汚染が高く、加熱調理品では牛肉加工品、むし鳥、ゆで置きスパゲッティなどの汚染が高く、輸入チーズにも高汚染されたものが見られ、加熱後に手で皮むきする冷やしナスなどが汚染されているのが解ります。
現在、牛レバーや豚肉の生食は禁止されていますが、鳥刺しは禁止されていないため、カンピロバクター食中毒の主な原因食となっています。また、レバー以外の牛内臓であるハラミやセンマイ等の生食は禁止されていませんので、O157食中毒の原因食品として懸念しています。
細菌検査と現場簡易検査
中央区で特色のある施設としては、築地場外市場にある「厚焼玉子」の製造施設がありました。厚焼玉子の原料は、鶏卵、出汁、みりん等でどの店でも大差はありませんが、収去検査するとその値はかなりバラバラで衛生規範には適合しない成績でした。厚焼玉子の中心温度は、90℃近くまで上がりますので、細菌的には問題がなさそうですが、当時は、冷却せずにそのまま販売することもあり、しばしば黄色ぶどう球菌の食中毒の原因食品となっていました。
最盛期には、築地場外市場だけで毎日15トン程の鶏卵を使用していたように記憶しています。指導基準については、業態全体の衛生水準を向上することを目標にして、成績の悪い2~3割の業者の成績を不良と判定して指導に当たるというような乱暴な方法であったように思います。成績の悪い業者については、工場に生培地のシャーレを持ち込んでスタンプスプレット法という現場簡易検査を用いて汚染源調査を行い、指導を行っていました。
今考えると、培地そのものを工場に持ち込むのはどうだったかな?などと考ええますが、当時はそれが当たり前の状況でした。工場では、前日に鶏卵を割卵したり、他の施設で割卵した液卵を仕入れて使用したりするのが当たり前でしたので、原料液卵を検査するとDHLの培地が真っ黒になるような状態も経験しました。
現在のHACCPから考えると考えられないような状況でした。その後、「厚焼玉子」は当日販売せず5℃前後まで冷却してから販売するよう指導を続け、最終的には衛生規範に適合するような状況を達成しています。同様に、現場簡易検査にて食肉製品、魚肉ねり製品の工場や和洋菓子、ソフトクリームやジューススタンドなどの汚染源調査を経験できたことは、食品衛生監視員として大変有難かったと思っています。
デソキシコレート培地では大腸菌の汚染源調査ができないため、1990年代後半に登場してきた酵素基質培地を採用するとともに、販売当初のペトリフィルムやコンパクトドライなど簡易培地も検討して、2001年の月刊HACCP4)に紹介させて頂きました。
その後、食品衛生検査指針に酵素基質培地について記載されたのは2004年版からだったと思います。なお、現場簡易検査の結果は、食品事業者の来所を求めて培地を見てもらい視覚に訴える指導に心がけていました。当時は、デジカメも携帯もなく、写真は現像しなければならない状況でしたので、一番手っ取り早い方法でした。
細菌検査と指導基準
弁当類やそうざい類については、細菌的な規格基準はありませんので、昭和54年に通知された「弁当及びそうざい類の衛生規範」に沿って指導してきました。
その地域ごとに異なる加工食品がありますので、独自に指導基準を設定して指導にあたる保健所も多かったと思います。(表13)
全国展開する食品事業者にとっては、自治体により異なる指導に困惑することがあったものと推察します。平成15年には日本チェーンストア協会からの基準統一の要望を受けています。
この要望を受け厚生労働省では、食品の特性を考慮せずに各種の食品に一律の衛生基準を設定することがないよう点検を求めています。(表14)
なお、弁当及びそうざい類の衛生規範については、2021年のHACCP制度化施行とともに他の衛生規範と一緒に廃止されています。現在、指導通知としては「大量調理施設衛生管理マニュアル」がありますが、細菌指導基準については記載されていません。HACCP制度化により食品事業者が自主的に食品の特性等を考慮して、自主管理することが求められています。
しかし、HACCPが制度化されたからといって食品の特性(原材料、製造方法、保存温度、使用未期限など)が変わるわけではありませんので、今までの指導基準等を参考にして自主基準を設定して管理することが求められています。
この点については、食品事業者ばかりでなく保健所でも指導の目安がなくなり困惑しているように思います。衛生規範の指導基準により一律に細菌基準を指導するのではなく、食品事業者や製造する食品ごとに危害要因分析して管理するよう指導することになります。
このため、従来の食品ごとの一律基準を再考することが必要に感じています。なお、HACCP制度化への指導の増大に伴い、収去検査業務は減少傾向となっています。事実、特別区でも複数区で収去検査(細菌検査)が激減しており、食品衛生検査室の存続も危ぶまれる傾向にあることは大変残念に思っています。
食中毒調査と細菌検査
食中毒調査は、①店舗調査、②患者調査、③医師への確認などを同時に並行実施することが必要です。食中毒検体(患者糞便や吐物、食品残品や参考品、拭取り検体)については、保健所では十分な検査が出来ませんので、原因物質が判明するまでは、東京都では東京都健康安全研究センター(旧都立衛生研究所)に依頼して検査を行っています。
近年、発生数の一番多いアニサキスでは、内視鏡で採取された虫体を医療施設から回収して東京都健康安全研究センターに搬入しています。患者の症状等から、黄色ぶどう球菌による食中毒と考えられる場合には、東京都に依頼する検体の他に、スタンプスプレット法により検体採取を行い、東京都の検査と並行して現場簡易検査を実施することもありました。
図2は2010年にステーキ弁当による黄色ブドウ球菌食中毒発生時のスタンプ検査を写真に撮ったものです。ノロウイルスと思われる事件では、環境検体として掃除機のチリを検査依頼しノロウイルスの検出を確認するなど、都立衛生研究所には大変お世話になりました。
また、クドア・セプテンプンクタータと思われる事件では、残品の平目刺身を地域連携協定のある聖路加病院の協力を得て、顕微鏡切片(図3)を作成してもらうなどして原因調査に当たりました。このように、食品衛生監視員には現場で臨機応変に対応することが求められます。
もちろん食中毒調査は、発生しなければ経験することができません。数多くの調査にあたり貴重な経験を得られたことは、食品衛生監視員として大変幸せなことだったと思っています。
おわりに
近年、食品衛生アドバイザーとして食品企業を訪ねると、FSSC22000、ISO22000やJFS-B規格などの民間認証の取得や監査対策などに追われているように感じます。また、品質保証担当者との面談では、人員不足や衛生教育について相談を受けます。特に、細菌検査の経験があり従業員に衛生教育を行えるような人材が不足しているようです。
昭和の時代は、細菌検査のバイブルとなるような本が出版されていますが、今はPCRなどの機器分析が主流となっており、細菌検査についての研究者も希薄になりつつあるように思います。 食品衛生監視員が、食品事業者からも一目置かれるような力量(コンピデンシー)を確保するには、現場での微生物検査の経験が欠かせないと考えています。今後、保健所でも収去検査が減少するともに、食品衛生監視員が細菌検査を行う機会が減っていくことは大変残念な傾向だと思っています。
参考文献
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設置主体別保健所数
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001232824.pdf -
保健所設置数と推移
https://www.phcd.jp/03/HCsuii/?form=MG0AV3&form=MG0AV3 - 食品衛生検査指針2018 p153
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これから細菌検査を始める方へ 酵素基質を用いた大腸菌と大腸菌群の検査
2001年2月 月刊HACCP