定期通信第32号は、平成28年度研修会の聴講記録です。是非ご覧ください。
平成28年度 研修会 聴講記録:研修1
食品からの腸炎ビブリオ試験法の現況
甲斐 明美 (一般財団法人東京顕微鏡院 学術顧問)
1.食品検査で対象となるビブリオ属菌
食品検査で対象となるビブリオ属菌には腸炎ビブリオ、コレラ菌、ナグビブリオ、ビブリオ・フルビアリスがある。1978年には都内の結婚式場でコレラ菌による集団食中毒が発生し、その原因食品は輸入エビと推定された。この事例以降、ビブリオの検査には腸炎ビブリオだけでなくコレラ菌も対象にする必要があること、また輸入食品に対しても検査が必要であると考えられるようになり、ビブリオ検査法の大きな転換点となった。その一つは、選択分離培地がBTBティポール寒天からTCBS寒天に変更されたことである。
腸炎ビブリオは、グラム陰性、通性嫌気性桿菌、1本の鞭毛を持ち、好塩性で食塩濃度 0.5%~8%で発育し、35℃~37℃では大腸菌に比べ増殖速度が速い。病原因子は溶血毒やエフェクター(3型分泌装置から分泌されるタンパク)などが知られている。また海水や食品から分離される腸炎ビブリオの大部分は溶血毒非産生株であるが、食中毒患者から分離される株は溶血毒産生が多い。
2. 腸炎ビブリオ食中毒の発生状況
腸炎ビブリオ食中毒の発生状況をみると、1998年の約850件をピークに減少し、2015年には3件、2016年(10月4日現在)には5件と激減している。その背景をみると、平均気温や海水温と東京湾の海水・海泥・あさりにおける腸炎ビブリオ菌数との間に相関関係が認められないことから、水産食品工場でのHACCPに基づく衛生管理の徹底や腸炎ビブリオを対象とした規格基準の改正(2001年)が大きく寄与していると考えられる。
3. 腸炎ビブリオ試験法の現況
国際的な食品の規準を決めるCODEX委員会のガイドライン(CAC/GL21-1997)では、食品の微生物試験法に関して、ISO法を標準とし、この方法または科学的な妥当性確認した試験法を採用することを求めている。わが国でも食品の微生物検査試験法を順次見直しており、NIHSJ(標準試験)法を作成している。NIHSJ法はISO法との妥当性確認を行っており、ISO法と同等な試験法であるといえる。
ビブリオ属菌の標準試験法の作成にあたり以下のような基本方針をまとめた。
対象菌 | 腸炎ビブリオのみ |
---|---|
病原性の有無 | 溶血毒非産生菌も含めて腸炎ビブリオ全体とする |
定性法・定量法 | それぞれ記載 |
検体量 | 25g |
増菌培地 | 2%食塩加アルカリペプトン水 |
増菌培養 | 1次増菌のみ |
分離培地 | TCBS寒天または酵素基質寒天培地 |
培養温度 | 35℃±1℃(37℃±1℃) |
培養時間 | 16~18時間 |
濃縮法の導入 | なし |
遺伝子検査法の導入 | なし |
NIHSJ法として提案された方法(提案法)を標準試験法とするための検討事項は、ISO法との比較試験を実施し、腸炎ビブリオ検出率がISO法と同等あるいはそれ以上であることの妥当性確認を行うことである。
提案法とISO法では選択分離培地、増菌培地がそれぞれ異なる。腸炎ビブリオの選択分離として汎用されているTCBS寒天は、現在多くのメーカーから市販されているが、そのいずれの組成においても食品衛生法の成分規格の項に記載されている組成と全く同じものはない。市販されている各社のTCBS寒天やISO法で使われているTSAT寒天、また酵素基質培地上での腸炎ビブリオ集落の紹介があった。それぞれ標準菌株を塗抹して発育する集落の色や形態を把握しておく必要のあることが示された。また、食品の細菌検査においては、独立集落が得られるような分離技術が非常に重要であることが強調された。
増菌培地では、ISO法で採用されている食塩ポリミキシンブイヨンおよび3%NaCl加アルカリペプトン水と、提案法で示す2%NaCl加アルカリペプトン水を比較検討した成績が示された。各菌数(低菌数、中菌数、高菌数)群6検体を用いて、上記3種類の増菌培地と選択分離培地(ISP法のTSAT寒天、4社のTCBS寒天、3種類の酵素基質培地)を比較検討した結果、提案法では全ての検体でISO法以上の成績が得られると判断された。その後、15か所の検査機関でCollaborative
studyを行い、提案法の妥当性が確認された。この様な過程を経て、食品からの腸炎ビブリオ標準試験法が作成された。この方法は、まもなく国立医薬品食品衛生検査所のホームページに掲載される予定である。
一方、食中毒の原因菌検査としての腸炎ビブリオ検査は、いわゆる食品の一般検査とは少し異なる。原因菌検査では、分離された腸炎ビブリオの溶血毒産生性等も調べる必要がある。溶血毒産生性はラテックス凝集反応法PCR法で、類似溶血毒産生性はPCR法やウレアーゼ法(スクリーニング法)で確認できる。また免疫磁気ビーズを用いて特定の血清型菌を集菌することも可能である。
4. 最近発生した大規模腸炎ビブリオ食中毒と今後の課題
規格基準の改正(2001年)以降に発生した大規模食中毒事例には、「いかの塩辛」による食中毒事例(2007年)がある。その際、原因食品となったいかの塩辛の塩分濃度は1.8%~2.4%と古来の塩辛(塩分濃度10%以上)とは異なり、和え物風の塩辛で保存性の低いものであった。これは、近年の健康志向・減塩が背景にあると考えられた。このような細菌の増殖抑制効果が期待できない食品においては、製造から消費までの一貫した低温管理が必要である。
この例からも考えられるように、腸炎ビブリオ食中毒の予防のためには徹底した衛生管理と監視、安全で安心できる食品の提供とリスクコミュニケーションが不可欠である。それを実現するためには科学的データが必要であり、そしてそれを支えるのは確実な細菌検査である。
平成28年度 研修会 聴講記録:研修2
食品微生物検査における信頼性確保
諸藤 圭 (一般財団法人日本食品分析センター 東京本部 微生物試験課 課長)
1. 微生物検査の信頼性確保の必要性について
微生物検査は食品安全を支える上で大変重要な役割を担っている。微生物検査は食品製造において数多くの場面で実施されており、製品や原材料の検査、製造工程の検証、製品の特性把握や工程管理手法決定のための根拠データ取得、保存性の確認などでも実施されている。このため微生物検査が正確でない場合には、食品の安全性が大きく揺らぐことになり、微生物検査の信頼性確保は重要な課題である。
2. 信頼性確保に必要とされるもの
微生物検査における結果の信頼性を確保するためには、試験検査のマネジメントシステムとその有効性確認のための精度管理システムが必要である。
試験検査のマネジメントシステムでは、「サンプル」、「試験方法」、「設備・機器」、「試薬・培地」、「試験者の技能」、「組織(仕組み)」が管理されていることが求められるため、試験結果に影響を及ぼす要因を推定し、これらを適切に管理することが重要となる。
微生物検査の精度管理システムは、マネジメントシステムが適切に運用されているかを確認するために実施される活動である。精度管理システムは「内部精度管理」と「外部精度管理」に大別される。内部精度管理はIQC(Internal
Quality Control)、外部精度管理はPT(Proficiency Testing)と略されることがある。
3. 精度管理システム
試験検査で得られる測定値は、誰も知りえない真値からある程度の誤差を含んだ値として表れる。誤差には系統誤差の真度(カタヨリ)と、偶然誤差の精度(バラツキ)がある。精度管理システムは日々の試験検査でのカタヨリとバラツキが適切な範囲内で管理されていることを、統計的に評価判定する目的で実施される。しかし、精度管理システムにおいて、カタヨリとバラツキを一度に確認する方法は存在しないため、複数の手法を組み合わせる必要がある。
4. 内部精度管理で行われる定量試験と定性試験
定量試験の内部精度管理では、管理試料の試験と繰り返し試験がある。管理試料を用いた試験では、既知の微生物を含む管理試料を調製し、日々の試験検査と並行してこの試料を検査する。これにより試験検査の工程や、得られた検査結果について継時的な変動から異常な傾向がないかどうかを確認する。しかし、管理試料の試験では特定のマトリックスを用いて試験検査の工程を間接的に確認しているに過ぎないため、全ての検査結果を保証することはできない。
繰り返し試験では、一定の検査数毎に繰り返し試験(n=2)を行い、その測定値の差が事前に設定した基準値内であることを確認し、バラツキの度合いを評価する。特徴として、「バラツキ(精度)は確認・評価することができるが、カタヨリ(真度)は確認・評価することができない」、「同種の検体を大量に試験する場合に有効」、「検体種類ごとに基準値を設定する必要がある」、「基準値を逸脱した事例を解析することにより検体の調製方法を見直すきっかけになる」などがある。
定性試験の内部精度管理では陽性対照試験と陰性対照試験が一般的に行われる。陽性対照試験では使用した培地の性能評価や検体による発育阻止が、陰性対照試験では培地や器具の無菌性の確認および操作中の汚染の有無が評価できる。なお、定性試験においては、検査者の技能が結果に大きく影響する可能性があるため、鑑別技能の確認は重要管理点である。
5. 外部精度管理(技能試験)
外部精度管理(技能試験)は、他の試験室との比較により自施設の能力を客観的に評価する目的で実施される。自施設の検査結果が、参加試験所全体から判断して妥当であることを継続的に確認し、信頼性の高い結果を出す能力が保持されていることを監視する。外部精度管理では参加試験所全体の中央値からの隔たりを確認できるため、カタヨリを評価することができる。つまり、内部精度管理と外部精度管理を組み合わせることにより、検査所のカタヨリとバラツキの状態の適切性を評価することが可能となる。
6. まとめ
微生物の信頼性を確保するための活動は、精度管理システムの導入だけを意味するものではない。検査の信頼性確保には、試験検査のマネジメントシステムの構築が必要であり、精度管理システムはそのマネジメントシステムの有効性を評価する目的で導入されるものである。つまり、精度管理システムが整備されておらず、検査結果のカタヨリやバラツキを評価できていない試験室は、まず、社内外の試験室とのクロスチェックを通じて問題点を特定した後、必要なマネジメントシステムの構築が必要である。そのうえで、精度管理システムを導入し、信頼性の高い微生物検査が行える状態にあることを継続的に監視していくことで、微生物検査の信頼性を確保することが可能となる。