定期通信 第62号

定期通信第62号は、2024年6月14日に、東京農業大学世田谷キャンパス内国際センター榎本ホールで開催された「2024年度第1回講演会」の聴講録です。講演の概要を簡潔に取りまとめ、数枚のスライドを挿入して、ご講演をいただきました新蔵登喜男理事、藤崎香帆里先生、中原千秋先生、井田健太郎先生に監修をしていただいたものです。

会誌「食の安全と微生物検査」第14巻第1号の資料を合わせてご覧ください。 講演会の動画記録を会員限定ですが、Vimeoでアーカイブ配信しています。会員専用ページをご覧ください。

●基調講演
食品安全文化について考える(新蔵 登喜男 理事)
●講演1
学校給食における食品安全文化評価から得られた知見と課題 (藤崎 香帆里 先生)
●講演2
マルハニチログループの食品安全文化~アグリフーズ農薬混入事件の教訓~(中原 千秋 先生)
●講演3
サントリーにおける食品安全文化醸成の取組み事例(井田 健太郎 先生)

基調講演
食品安全文化(food safety culture)について考える
新蔵 登喜男
NPO法人食の安全と微生物検査 理事、有限会社食品環境研究センター 取締役

食品安全文化とは

“文化”を英訳すると“culture”となるが、日本人が理解する文化と英語のcultureは同じ意味と考えて良いのだろうか?Longman(第4版)やOxford(第7版)の現代英英辞典と岩波や三省堂及び広辞苑の各第7版と比較すると、微妙にニュアンスが違う説明が並び、どうもすっきりとしない。おそらく、cultureも、正確に意訳できない言葉の一つなのであろう。

国によってcultureの解釈にズレが生じるリスクに対応するため、GFSIは食品安全文化の定義を「組織全体にわたって食品安全に対する考え方と行動に影響を与える価値観、信念、規範を共有すること」とした。この定義は食品安全文化の醸成のためのポジションペーパーを作成した世界各国から集まった38人のメンバーで確認された定義であるが、日本人にとって受け入れやすそうな有形無形の文化財的な意味合いではなく、価値観、信念といった精神的な観点で表したようだ。

したがってGFSIが示す定義を念頭に置きながら、食品安全文化の醸成への取り組みがいかに重要であるか、そして進歩するデジタル技術などと融合させながら醸成への取り組みがどう進化しようとしているのかを、歴史的な視点と人を取巻く環境が大きく変化し続けている状況とを関連付けながら、「食品安全文化の醸成」について包括的な解説を試みる。

食品流通のグローバル化と食品安全上の課題

世界の人口は2024年で80億人を超え、2060年頃には100億人を突破すると予想されている。人口増加を支えてきた大きな要因の一つに、19世紀後半に起きた産業革命による劇的な生産性の向上がある。また、同時期にパスツールやコッホらによる細菌学の進展に端を発し、さらに食品の微生物制御技術が発展したことも人口増加に貢献しているだろう。そして、これら技術の発展が加工された食品のみならず、フレッシュな果物や野菜、魚介類までもがグローバルな流通を可能にした。

しかし、食品の微生物制御技術は発展してきたものの、食中毒などのリスクはなかなか下がらず、それぞれの国は食品安全基準を示しガイドラインの普及を進めていった。また、1962年に政府間機関のCODEXが、2000年には民間企業団体がGFSIを設立し、食品安全はHACCPをマネジメントシステムで運用させることが効果的であると認識されるようになり、次々に国際的な食品安全マネジメントシステムが作られるようになっていった。それでも、毎年のように新たなリスクが顕在化し、基準がどんどん追加されていった。

さらに、海水温の上昇を伴う気候変動の影響で台風や大雨が多発し、それによる風水害や、逆に干ばつが強まる地域も増え、我々が輸入して多くの食品で安全性のリスクが高まっている。このような状況から、安全性の高い食品を食べるために、どのように生産し、運搬し、製造し、提供するのが良いのかを地球規模の視点で対応を考えなければならなくなってきた。そして、高まるリスクに対応し新たな基準を開発する組織がある一方で、食品事故の根本分析から組織文化の変革へのアプローチにフォーカスするグループも現れだした。

基調講演スライド:世界の人口増加と社会変化

GFSIと食品安全文化の醸成

Frank Yiannas氏は2009年に出版した“food safety culture”の中で、食品安全の根本は、関係する全ての食品従事者の食品安全へのコミットメントだとし、食品安全の活動が法律を超えて当たり前のようになるための組織文化の醸成が必要であると述べている。GFSIは2018年に世界食品安全会議を東京で開催し、食品安全文化の醸成に関する多くのテーマでディスカッションが繰り広げられた。

同じくGFSIから”A CULTURE OF FOOD SAFETY“のポジションペーパーが出され、食品安全文化の醸成のための5つの側面と重要な構成要素(ビジョン、人、一貫性、適応力、危害とリスク認知)が示された。

基調講演スライド:食品安全文化の5つの側面と重要な構成要素

それぞれの要素には具体的な取組課題が示され、巻末には組織の食品安全文化の醸成度を評価するための付録もいくつか付けられた。

食品安全文化の構築と日本の課題

日本は世界で最も高齢化と人口減少が進んでいる。その日本で2023年に行われたギャラップ社による従業員の意識調査の結果は衝撃的なものであった。組織全体に対する“熱意あふれる社員”の割合は世界160か国中最下位のレベルである。この結果を受けて、一部の企業は改善に取り組み、それにより従業員の意識は前向きに変化してきたという成果も出ているようだ。しかし、中小零細企業の多い食品業界では、改善に向けた取り組みには厳しいものがある。

例えば、多くの小規模事業者は新卒の採用ができず高齢化は進み、定着率も悪いため人手不足で食品安全文化の醸成に必要な教育・訓練(トレーニング)に十分な時間がとれないところが多い。教育は計画的に継続して行わないと、その効果はなかなか現場に反映されない。また海外から人材を集めようにも、日本の平均賃金がOECD加盟の各国に比べて低いため、日本の食品安全文化の改善を進めるのは厳しい状況にある。

基調講演スライド:超高齢(多老)社会における持続可能な食品安全

日本の国をまとめるために聖徳太子は604年に“十七条の憲法”を制定した。そこには「一に曰く、和を以て貴しとなす」と記されているが、和を貴ぶ価値観は1420年後の現代においても日本の組織の中で生きている。和を貴ぶこと自体は決して悪いことではないが、小規模な企業も外国人の雇用を検討しているのであれば、日本企業の文化とグローバル企業の文化のギャップをどう適応させていくか考えていく必要があるだろう。

未来の食品安全のグランドデザインとは

DX化とAI化が最も進んだ国では、人々は無人スーパーマーケットで買い物をし、又はスーパーへ行かずにスマホ注文した野菜や魚などの生鮮品をタイムリーに配達してもらえる。また、レジのないスーパーもあり、客は店内で欲しい食品をカートに入れ出口近くの決まった場所へ運ぶだけで、あとは包装まで自動で処理してくれる。

欧米やアジアの広大な農場では肥料や水やりもAIが判断し、農家の人はその通りに移動し作業すれば、最適な生産高を上げ、高い収入を得ることができるようになってきた。

このように世界はDX化とAIの活用を進めているが、特に米国ではさらに先を目指すdigital technology-baseの食品安全技術の開発に取り組んでいる。その計画は2020年に“New Era of Smarter Food Safety(よりスマートな食品安全の新時代)”として表明され、4つのコアエレメントにアイコンとともに示されている。そのエレメントの一つに”food safety culture”がある。4つのエレメントを融合させるような技術体系になるのかはわからないが、引き続き米国の取組みに注目していく必要があるだろう。

基調講演スライド:未来のグランドデザイン

組織文化の変革と食品安全文化の醸成

食品安全文化の醸成を包括的に見てきたが、日本を取り巻く状況は引き続き厳しいと言わざるを得ない。あと25年もすれば日本の人口は確実に1億人を下回るだろう。しかし、人口減少と高齢化が進んでも、組織(企業)変革を進めることで生産性と安全性の向上は図れる。そのためには変革を見据えたグランドデザインを早急に考える必要がある。

米国はすでに未来の青写真を示している。日本も青写真を示し、組織文化の変革を進め、食品安全文化を醸成する取組みを通じた企業の活性化と世界のお手本となるような食品安全の取組みを示す日が来ることを期待したい。

(更新:2024.8.24)

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講演1
学校給食における食品安全文化評価から得られた知見と課題
藤崎 香帆里
相模女子大学 栄養科学部管理栄養学科 助教

給食調理の食品安全文化に着目した理由

安全な給食を生産提供するため、HACCPシステムに基づいた大量調理衛生管理マニュアルまたは学校給食衛生管理基準に則った衛生管理行われているが、食中毒や異物混入等の食の安全に係る事故は依然として発生している。

これらの事故を予防するのは調理従事者らの適切な衛生管理の実践であるが、現場の状況を見てみると、やらなければいけないと理解はしているが実施していない、施設のハード面で仕方がない、決まりを失念した、などの課題も見えている。

また調理員不足や離職率の高さ、施設の老朽化なども課題となっている。このような背景から食品安全文化の維持・醸成に向けた取り組みが必要であると考え、学校給食における食品安全文化の評価方法の研究に着手した。

一方で食品安全文化は目に見えるものではないため、心理尺度を用いる、または「行動」を文化の現れとしてとらえることで評価が可能ではないかと考え、評価ツールの開発から始めた。

講演1スライド:食品安全文化の位置付け

研究の流れ~食品安全文化を評価「見える化」するために~

研究対象としては、自身の経験も踏まえ学校給食に着目した。まず始めたのが評価尺度の項目収集として「要因の質的検討」、次いで「尺度の開発と評価」を行った。さらに尺度を用いた評価のケーススタディとして「トリアンレギュレーションの試行」と学校給食施設における「人員入替頻度、職務満足度との関連」について検討を行った。

「要因の質的検討」として都内の学校給食調理従事者32名へのインタビューにより探索的に要因を収集した。ここで抽出されたテーマとしては個人内要因から組織的要因、環境、マネジメントやそのシステムなどがある。次の量的評価、すなわち「尺度の開発と評価」は質的検討結果を基に36項目を作成した。

この項目については関東地区の公立学校の調理従事者1945名を対象に質問紙調査を実施した。この結果から探索的因子の分析として5因子20項目を選定し、これらの項目について確証的因子分析を行いモデルの適合度を評価した。なお抽出された5因子についてはその項目内容から、リスクの軽視、周囲からのサポート、コミュニケーション、施設設備、コミットメント、と呼ぶことにし、評価結果から妥当かつ信頼性もあると判断した。

講演1スライド:食品安全文化評価尺度を開発

食品安全文化の特徴を検出できるか

これまでに開発した評価尺度が施設ごとの食品安全文化の違いを検出できるか検証を行った。解析方法としては、階層クラスタ分析、χ2検定、一元配置分散分析、を活用した結果、相互啓発型、楽観型、コミュニケーション不足型、施設充実型、個人依存型の5つのクラスタに分けることができた。部分的な課題が顕在化してきたものの、結果的には概ね施設ごとの食品安全文化の特徴を分類可能であり、組織ごと、施設ごとの特徴を踏まえたアプローチが必要と考えている。

講演1スライド:職業性ストレス

クラスタ間では施設の特徴や規範意識、職業性ストレスに違いがみられ、得点が高いクラスタほど、職業性ストレスが低い傾向であった。同じ自治体、給食会社であっても施設によって異なるクラスタに分類されていることから組織内に独自の食品安全への価値観、規範、行動パターンをもつ可能性が考えられた。

また、人員の入替頻度や職務満足度、事故・ヒヤリハットと関連するかを検証した結果、人員の入替頻度が高いと認知しているものは、低いと認知しているものと比較して、コミュニケーション、コミットメントの合計得点が有意に低く、職務満足度が低いものは、高いものと比較して尺度合計得点が有意に低かったことなどを踏まえると、食品安全文化醸成には、労務環境や組織のエンゲージメントの要因が関係していると考えられる。

「本当の」食品安全文化は評価可能か?

そもそも「文化」の定義が定まっていないため、その評価は容易ではないというのが他分野も含めて安全文化測定で認識されている。そのため、食品安全文化の評価においては、トリアンギュレーションの重要性が強調されており、これは複数の方法や視点、すなわち今回の場合は、質問紙調査、行動観察、帳票類等を組み合わせて、多方面かつ妥当性、信頼性の高い知見や結果を得るための手法である。

今回の実地調査では小学校3校を対象として、観察調査、ふき取り検査、食品検査、帳票類の確認、質問紙調査を組み合わせて実施した。今回対象とした3校の調査結果からは、3様の傾向を認めている。認知と行動のギャップが小さい校、楽観的認知バイアスの存在する校、そして良好な食品安全文化を形成していると思われるが過小評価している校、が存在していた。

これまでの結果を踏まえると、より正確な食品安全文化の評価を包括的に行うためにはトリアンギュレーションをとることが重要と考えられた。また学校給食における食品安全文化醸成の課題としては、衛生管理に関するスキルや意識の継承が起こりにくい職場への対応、施設設備の老朽化による現場の工夫、負担、食品納入業者における食品安全文化の醸成、といったことも浮き彫りになってきている。

講演1スライド:実地調査と質問紙調査の比較

食品安全文化を醸成に必要なこと

組織の食品安全文化の醸成には、組織の現状とあるべき姿のギャップ評価、弱みと強みを明らかにする(課題の分析)、文化の再構築(変革や強化が必要なポイントへの介入)が必要と思われる。また、 組織内にも工場、役職、職種などのサブグループによって特徴が異なることがあるためその実態を理解した上で、各グループの特徴を踏まえたアプローチと課題点の抽出が重要と思われる。

まとめとして、食品安全文化の醸成には、食品安全、衛生管理を行動科学としてとらえ、「人」に焦点をあてた衛生教育を通じて、ひとりひとりが食品安全衛生を「自分ごと」として捉えることが重要と考えている。

講演1スライド:食品安全文化を醸成するには

パネルディスカッションより

Q1-1組織としての方針を各部署にブレークダウンすることが必要とされますが、給食ではどのようにされていますか?

A1-1安全が第一であるという方針はどの組織においても大前提ですが、仕組みとして取り組んでいる例は少なく、食品安全文化の考え方は、まだ栄養士には浸透していないと思います。研修において人に目を向けることを訴えています。人を大切にすることを強調しています。一方で、人手不足から受託業者では外国人の採用、研修も行われはじめ、組織の安全、衛生への方針を理解してもらうのに苦慮されているようです。直営方式においても、安全が最優先という方針は共有されても、人材育成に多くの手をかけられないのが実情のようです。

Q1-2調理員にエンゲージメントを促進する取組みはどのようになっていますか?

A1-2給食には直営方式と委託方式があります。委託方式では、受託業者が独自に研修や働き方改革を実施しており、意識の高い企業が多いようです。直営方式は調理員が公務員ですから自治体の責任となりますが、この点にはメスを入れる必要を感じています。

Q1-3マネジメント力を高めることを要求するのでしょうか?

A1-3そう思いますが、まだまだデータが不足しています。学校給食はコストを掛けにくい体制にあります。委託する自治体ではコスト重視に陥りがちですが、その結果、突然給食提供ができなくなる事案も最近では発生しています。安全に配慮している業者を選定することが望まれます。

Q1-4給食におけるリーダーシップは校長先生に求めるのですか?

A1-4難しい点です。学校給食の責任者は校長ですが、人によって関心度が異なります。また、業務を行うのはやはり栄養士が中心となりますし、委託業者とのチームワークも重要ですので、栄養士のリーダーシップも求められるところです。

Q1-5正規職員と非正規職員で方針等の浸透度が違うと思いますが、良い方法は?

A1-5管理者と調理従業者、正規もしくは非正規で認識に差があるかないかを調査して、差がある場合には、組織の特徴を把握し、研修等の内容や頻度を考える必要があると思います。

Q1-6工場において給食で実施されたような調査を行う方法はありますか?

A1-6すべての尺度は論文化して公表していますが、英文ですから、本日の資料を参考とされると良いと思います。

Q1-7現場把握の方法として拭き取り検査に加えてどのような方法がありますか?

A1-7観察が大事であると思います。コストを掛けられるのであれば、要所に観察カメラを設置するなどの工夫が可能と思います。

(更新:2024.8.24)

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講演2
マルハニチログループの食品安全文化~アクリフーズ農薬混入事件の教訓~
中原 千秋
マルハニチロ株式会社 品質保証部 部長役

2013年12月にアクリフーズ群馬工場(現マルハニチロ株式会社群馬工場)で発生した従業員による意図的な冷凍食品への農薬混入事件から10年が経過した。事件後に設置した第三者検証委員会は、事件が起きた原因を、単にフードディフェンスの脆弱性だけではなく、企業としてのミッションの欠如、ガバナンス能力の不足、コンプライアンスの脆弱性等の様々な綻びが結びついて起きたと報告した。今回は、アクリフーズ農薬混入事件を教訓として、食品企業として果たすべきミッションの理解の浸透を当社がどのように図ってきたかに焦点を置いて、事例紹介する。

農薬混入事件の経緯

群馬工場製造のミックスピザで石油臭のような異臭発生の苦情を受けた。 苦情発生の1か月後に苦情現品からエチルベンゼン、酢酸エチル、キシレンが定性検出され、その2週間後に苦情現品からエチルベンゼン6ppm、キシレン3ppmが検出された。その後、追加で分析した農薬検査結果からマラチオンが2,200ppm検出されたことを受け、記者会見を実施し、アクリフーズ群馬工場で製造した全品の自主回収を発表した。後に容疑者として同社の契約社員が逮捕された。

マルハニチロのフードディフェンス

2008年に発生した中国製冷凍餃子への農薬混入事件を受けて、 フードディフェンスの対策を強化してきた食品企業も多いが、 当社はアクリフーズ群馬工場の農薬混入事件が起きるまで、 フードディフェンスへの備えが充分であったかと問われれば、遅れていたと言わざるを得ない。 事件後、 まずどこから着手したらよいかも分からないまま、社内プロジェクトが発足した。

講演2スライド:マルハニチロのフードディフェンス

フードディフェンス対策を構築するにあたり、プロジェクトメンバーから「性悪説を基本とした考え方では、逆に職場関係に悪影響を及ぼすことになるのではないか?」との意見があがった。「性悪説」か「性善説」か。 当社グループの食品防御の基本的な考え方について、部外者は「性悪説」、内部関係者は「性弱説」に基づいている。 「性弱説」とは、職場や家庭などの環境要因で心が弱った内部関係者が、出来心で犯してしまう罪を社内の体制で防ごうという考え方だ。

講演2スライド:マルハニチロのフードディフェンスの考え方

この考えをもと、「マルハニチログループ フードディフェンス方針」 を 5項目掲げた。 その中でも最も重視したものが、意図的な食品汚染をしたいと思わせない職場環境の醸成である。 風通しの良い職場作り、食品防御の意識を高めるための教育啓発活動を基軸として、意図的な食品汚染をしづらい環境整備を、ハードとソフトの両面から講じていく。 そして、 講じた対策を、 PDCAサイクルを活用して、継続的改善を進めていく仕組みを構築した。

マルハニチロの食品安全文化

エンゲージメントを重視した食品安全文化の指標として、快適職場調査ツールを利用したアンケート調査や、最近ではデジタルツールを活用したエンゲージメントサーベイも展開している。生産拠点では、管理職者が生産現場で働くスタッフと接する機会を増やし、 『1on1』 の推進、 意見箱の活用、 内部通報制度の充実、等を進めた。

また、レクリエーション活動のほか、社外清掃活動や地域の祭りへの協賛などを通じた、地域関係者と交流する機会を大事にした。これらは、処遇や職場環境の改善とあわせることで、効果が発揮されるものである。

フードディフェンスの意識を高めるための代表的な取組事例には「フードディフェンス研修会」が挙げられる。 生産拠点、 物流拠点を会場とし、 社内基準と遵守のポイントを説明する座学による講習、 チーム毎に現場内を巡回して意図的な混入の脆弱性箇所を抽出する訓練、 グループ討論からなるカリキュラムを、マルハニチロ品質保証部が主催して、毎年2回行っている研修会である。

講演2スライド:マルハニチロのフードディフェンスの様子

最後に

当社は、アクリフーズ農薬混入事件を教訓として、エンゲージメント向上につながるアクションを通じて、食品企業として果たすべきミッションの浸透を図ってきた。 フードディフェンスについては、性弱説の考え方に基づいて、意図的な混入をしたいと思わせない良好な職場環境の維持、向上と教育研修の強化を図ってきた。結果的に、これからの活動は、マルハニチログループの「食品安全文化」 の礎となっているが、役職者を含め、一人ひとりがお客様に安全な食品を提供したいという意識を醸成するのは『言うが易し、行うは難し』で終わりがない。

講演2スライド:最後に

(更新:2024.8.24)

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講演3
サントリーにおける食品安全文化醸成の取組み事例
井田 健太郎
サントリーホールディングス株式会社 グループ品質本部 品質戦略部 部長

1.グループ概要

サントリーは、「人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、『人間の生命(いのち)の輝き』をめざす」をパーパスに掲げる食品酒類総合企業である。ミネラルウォーター・コーヒー・茶・炭酸飲料、健康飲料などの飲料・食品事業やワイン、ウイスキー、スピリッツ、ビールなどの酒類事業に加えて、外食事業・花事業や、サントリーホール・サントリー美術館の運営などを通じた文化事業や特別養護老人施設や学校法人の支援など福祉・教育事業も行うなど幅広く事業を展開している。

2.サントリーの品質保証のしくみ

サントリー品質方針

サントリー品質方針「All for the Quality」は、創業者の精神である「お客様のための品質のよいものづくり」を原点とした「品質第一」を示すものであり、「全ての活動は品質のためにある」という思いが込められている。

講演3スライド:サントリー品質方針「All for the
              Quality」

品質マネジメントの推進

グループ全体の品質マネジメントの推進のため、「品質保証委員会」を設置し、グループ品質戦略に基づく横断的重要課題や品質リスク抽出・トラブルの未然防止に取り組んでいる。ものづくり部門だけでなく、営業・マーケティング・事業企画部も出席し、事業全体で認識合わせを行っている。

また「週例リスク検討会」を毎週開催し、重大な品質トラブルを未然に防止するため、直近の1週間に把握したお客様の声や各事業の品質課題・ヒヤリハット、全世界の品質関連情報をタイムリーに共有して対応策を論議するとともに、潜在的なリスク要因の変化をモニタリングしている。

国際規格認証

各工場においては、食品安全の国際規格(FSSC22000等)の認証を取得している。工場内・工場相互の内部監査等を通じて更なるレベルアップを図っている。

Protect the Castle(PtC)活動

安全・安心な商品・サービスをお客様にお届けし、お客様の信頼に応え続けるため、全社一体の「Protect the Castle活動」を進め、品質保証力の向上に努めている。

3.サントリーの食品安全文化醸成の取組事例

品質・食品安全カルチャー醸成にあたり、Codex文書にある「食品安全カルチャー醸成に重要な要素」のフレームワークを参考にした活動を展開している。(スライド15の図)

講演3スライド:食品安全カルチャー醸成のフレームワーク

Commitment

品質・食品安全カルチャーの醸成のためには、お客様に安全・安心で高品質な製品をお届けすることに対して、全従業員がコミットしていることが重要である。

経営トップは、品質・食品安全に関するメッセージを適宜イントラ等で発信し、経営における品質・食品安全重要性を伝えている。また、理解をいっそう深めるための解説ビデオを複数のローカル言語で作成するなど、品質方針「All for the Quality」をグローバルに展開している。

Leadership

品質・食品安全カルチャーの醸成のためには、各現場のリーダーが、品質・食品安全に関するあるべき姿や方向性を定め、メンバーを正しい方向に導いていくリーダーシップを有していることが重要である。

各リーダーが、現場でリーダーシップを発揮すべき場面において、指針となる多くのメッセージや事例を示した「品質に関するリーダーシップガイド」を発刊し、国内外のリーダーに配布している。

Communication

品質・食品安全カルチャーの醸成のためには、部署・工場内の全ての従業員間だけでなく、他事業・他部署・他工場を含めて、オープンかつフランクなコミュニケーションがとれていることが重要である。

各現場では、朝礼やTeams等を活用して従業員一人一人の気付きを積極的に共有化し、日々の現場改善に繋げるなどの取組みを行っている。一人ひとりが出した小さな気づきにもリアクションすることが大事である。またグループ品質トップ自らが各現場に足を運び、品質・食品安全の重要性を語り、現場で双方向の意見交換を行う機会を設けている。

事業を越えたコミュニケーションとしては、各事業の品質責任者間で、各部の課題や好事例を共有する定期的な会合を持ち連携を促進している。また、グループ品質トップや現場リーダーの品質・食品安全に関するメッセージや各現場の好事例を掲載した「Quality First News」を毎月グローバルに共有化している。

Resource

品質・食品安全カルチャーの醸成のためには、品質保証に必要な知識・スキル、経験を持った人材を育成すること、また、そのための教育プログラムが整備され、実行されていることが重要である。

当社の横串機能部署は、品質・食品安全を担保する技術を高めるための様々な研修を実施している。また、品質・食品安全マインドを醸成するため、社内外の過去トラブルを題材にした研修を階層別に実施し、計画的な人材育成を行っている。

Awareness

品質・食品安全カルチャーの醸成のためには、全ての従業員が、品質・食品安全が最優先であることを認識していることが重要であり、アウェアネスには特に力を入れている。

品質マインド・リスク感度の継続的な醸成を狙いとして、実際に起きた過去のトラブルを題材にしたe-Learningを国内のものづくり関連部署の社員を対象に実施している。お客様価値を毀損してしまった過去のトラブルの経緯・内容を理解し、具体的な設問に取り組む中で原因・対策について深く考えることを毎週繰り返している。

また、一部の拠点では、不良品サンプル、過去トラブルの歴史年表・ビデオ等を展示した「品質DOJO」を設置し、品質・食品安全の重要性を実感できるような仕掛けを行なっている。

Assessment

品質・食品安全カルチャー醸成のレベルを定期的に評価してPDCAを回ししていくことが重要である。 フレームワークの5つの取組みが有効であったか、品質マインドサーベイを毎年実施している。良い取組みをイントラネットで見える化するなど、共有化するしくみも整えている。

4.まとめ

品質・食品安全文化を支えているのは現場の一人ひとりであり、日々の取組みの積み重ねによって醸成されるものである。また、各組織・各人の良い活動を共有し、相互に連携した取組みを進めることによって、品質・食品安全文化はより強固になっていくものと考える。

(更新:2024.8.24)

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