定期通信 第4号

過去10年間におけるわが国の食中毒発生の変遷について
尾上 洋一 (食の安全を確保するための微生物検査協議会 理事)

過去10年間におけるわが国の食中毒の発生事件数、患者数、死者数の変遷を振り返ってみました。本年は平成21年ですので、ちょうど平成10年代の食中毒発生の状況はどのようであったかということをみることにもなり、今後を考える手立てにもなるかと思います。

10年間の変遷をたどるにあたり、事件数、患者数、死者数は年変動がありますので、前半期(1999年から2003年)と後半期(2004年から2008年)に分け、その5年のスパンごとで集計し、10年間の食中毒発生の傾向を把握することを試みました。なお、基礎データは厚生労働省のホームページの食中毒統計資料を用いました。

表1 最近10年間の食中毒事件数、患者数、死者数の5年ごとの推移
表1 最近10年間の食中毒事件数、患者数、死者数の5年ごとの推移
  • 2000年以降に食中毒統計に計上されたコレラ菌、赤痢菌、チフス菌、パラチフス菌に関してはその他の細菌の項に分類した。

過去10年間の食中毒事件数、患者数および死者数の5年ごとの推移を表1に示しました。2000年以降に食中毒統計に計上されたコレラ菌、赤痢菌、チフス菌、パラチフス菌に関してはデータの整合性上、削除せずに便宜的にその他の細菌に計上しました。

年平均事件総数は10年間の前半期では2,061件/年、後半期では1,472件/年が発生し、同様に患者数は32,247人/年、30,400人/年、死者数は7.8人/年、5.8人/年でした。事件数、患者数、死者数とも前半期に比較して、後半期の5年間ではいずれも減少し、食品衛生上の危害が減少しているとみることができます。

その主な減少要因は、サルモネラ属菌に起因する事件数の減少(504件/年から144件/年)、腸炎ビブリオによる事件数の減少(347件/年から90件/年)、腸管出血性大腸菌以外の病原大腸菌による事件数の減少(152件/年から19件/年)です。

一方、このように全体の事件数が大きく減少している中で、増加している原因物質(注1)もあり、ノロウイルスは40%もの増加と特に著しく(235件/年から339/年)、ついでカンピロバクターも10%増加しています。

注1:厚生労働省の食中毒統計では細菌、ウイルス、化学物質、植物性自然毒、動物性自然毒のすべてを「原因物質」としています。

患者数においても上記の原因物質で同様の増減を示しており、サルモネラ属菌、ぶどう球菌、腸炎ビブリオおよびその他の病原大腸菌では後半期は前半期の40%前後の患者数にすぎません。これに対してノロウイルスによる患者数増加が大きく、後半期には前半期の2倍の患者が発生しています。

それぞれの原因物質の各半期における発生割合について比較したものを図1~3に示しました。

前半期においてはカンピロバクターとサルモネラ属菌による食中毒が全発生件数の20%以上を占め、ついで腸炎ビブリオ、ノロウイルスによる食中毒が多発し、これらが主たる原因物質であったことがわかります(図1-1)。後半期になるとカンピロバクター食中毒発生件数が全食中毒件数の30%以上を占め、ノロウイルスによるものも20%以上となっています。細菌性食中毒ではカンピロバクター、ウイルス性食中毒ではノロウイルスが多く、これらが微生物性食中毒発生件数の両巨頭の位置を占めたことが示されています(図1-2)。

図1-1 原因物質別食中毒事件発生割合(1999-2003年) 年平均事件数 2,061件
図1-1 原因物質別食中毒事件発生割合
1999-2003年 年平均事件数:2,061件
図1-2 原因物質別食中毒事件発生割合(2004-2008年)	年平均事件数 1,472件
図1-2 原因物質別食中毒事件発生割合
2004-2008年 年平均事件数:1,472件

患者数でみると、前半期ではノロウイルスとサルモネラがそれぞれ20%以上を占め、両者が主たる位置を占めていたことが示されています(図2-1)。これが後半期になるとノロウイルス患者数が全体の50%以上を占め、サルモネラ属菌、カンピロバクターは10%前後の患者数を占めるに過ぎなくなっています(図2-2)。ノロウイルスは細菌性食中毒で最も多い患者数を示したサルモネラ属菌の5倍もの患者数が発生していました。図2-1と2-2の両図を比較しますと、わが国の食中毒患者数の原因物質別発生割合がこの10年間で大きく変化していることがわかります。

図2-1 原因物質別食中毒患者発生割合(1999-2003年)年平均患者数 32,247人
図2-1 原因物質別食中毒患者発生割合
1999-2003年 年平均患者数:32,247人
図2-2 原因物質別患者数発生割合(2004-2008年)年平均患者数 30,400人
図2-2 原因物質別患者数発生割合
2004-2008年 年平均患者数:30,400人

過去10年間の死亡者にかかわる原因物質をみると、前半期では39人が食中毒により死亡し、年平均死者数は7.8人でした(図3-1)。全死亡者に占める割合は動物性自然毒と腸管出血性大腸菌、ついでサルモネラ属菌が多くなっています。後半期では植物性自然毒、動物性自然毒、ついでサルモネラ属菌です(図3-2)。このようにサルモネラによる死者が食中毒全死亡者数の10%以上の割合を占め、また、今回の10年間のデータからはその致命率は約0.02%と求められたことからもサルモネラ属菌の病原性が高いことが示されています。

今後、ノロウイルスやカンピロバクター食中毒の増加に対応した食中毒対策を進める必要があることに加えて、これまで同様にサルモネラ属菌に対する警戒を怠ってはならないと考えます。

図3-1 原因物質別死者発生割合(1999-2003年)総数 39人、年平均死者数 7.8人
図3-1 原因物質別死者発生割合 1999-2003年
総数:39人、年平均死者数:7.8人
図3-2 原因物質別死者発生割合(2004-2008年)総数 29人、年平均死者数 5.8人
図3-2 原因物質別死者発生割合 2004-2008年
総数:29人、年平均死者数:5.8人
(更新:2009.11.15)

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