定期通信 第61号

定期通信第61号は、2024年度第1回講演会のテーマが「食品安全文化」であることを踏まえて、理事の新蔵登喜男先生が書下ろされた「環境モニタリング手法を活用した食品安全文化(food safety culture)の醸成の取組みについて」です。

環境モニタリング手法を活用した食品安全文化(food safety culture)の醸成の取組みについて
新蔵 登喜男
NPO法人食の安全と微生物検査 理事、有限会社食品環境研究センター 取締役

1. はじめに

2020年以降の食品安全の国際的ガイドラインや規格基準を見ると、企業文化を改善し食品安全に取り組むことの重要性についての記載が多くなってきたことに気づく。また、“食品安全文化”をテーマとした講演も国内外で開かれることが多くなっている。

しかし、これらのガイドラインを読んだり講演を聞いたりしても、自社の食品安全文化を理解し、より良い食品安全文化を構築するために何をすればよいのかを明確に説明するのは難しいのではないだろうか。そこで、最新の文献をもとに微生物検査結果を活用した食品安全文化の醸成について包括的な解説を試みたので以下に報告する。

2. グローバリゼーションと食品安全文化

世界の人口増加と流通のグローバル化が進み、大量生産とサプライチェーンが複雑化する中で食品を含む物の管理はますます難しくなっている。このような状況に対応するため、国連はグローバル企業に呼びかけ国連グローバルコンパクト(サスティナビリティ・イニシアティブ)を2000年に発足させた。

同年GFSI(Global Food Safety Initiative:世界食品安全イニシアティブ)が設立され、食品の製造や流通のグローバル企業に対して食品安全の規格基準をベンチマークするための“GFSIベンチマーク要求事項”を示し、普及推進のための取組みを進めている。GFSIの主導によりベンチマークされた食品安全マネジメントシステムを導入する企業が増えていったが、それでも食品偽装などの不祥事は散発した。

2008年
米国でピーナッツバターのサルモネラ汚染で大規模リコール
2014年
中国で期限切れの原料で製造された食肉加工品を日本へ輸出
2017年
ブラジルで公的検査機関が関与した賞味期限切れ食鳥肉を世界へ不正輸出

従来から企業文化については大きな事件事故があるたびにとりざたされてきたが、繰り返される不祥事は健全な企業文化を醸成(cultivating)させることの難しさの表れでもある。国際的に悪影響を及ぼした事件事故の教訓から、GFSIは食品安全のルールや基準を厳しくするだけでは食品の事故事件は防げないことに気づき1)、食品安全マネジメントシステムをどのように改善すれば良いか検討するためのTWGを2015年に立ち上げた。

安全な食品の提供を持続的に成功させるためには、公的な規制を守ればよいという考えを超えて、企業文化の内に息づくものでなければならないと考えるようになった1)。しかし、一般的に文化は経験を通じて獲得される経験値や価値観および観察から評価されるため、微生物学や化学、分析学のように定量的に評価しにくい面があり、一見すると食品安全に取り組むには直接的なテーマとなりにくいように思うかもしれない。しかし、食品安全に取り組むのはそこに働く従業員であり、彼らを指揮するリーダーや経営者であることを考えると、彼らが食品安全に対してコミットする企業文化が育たないかぎり安全な食品の提供は考えにくい。

GFSIは食品安全文化を「組織全体にわたって食品安全に対する考え方と行動に影響を与える価値観、信念、規範を共有すること」と定義し1)、食品安全文化の醸成に取り組むよう2020年版ベンチマーク要求事項に食品安全文化の醸成を加えた2)

国際機関が文化の側面を食品安全の規格に取り入れ始めた経緯を次に示す。

2000年
国連グローバルコンパクト発足(サスティナビリティ・イニシアティブ)
2008年
Frank Yiannas(現米国FDA副長官); “Food Safety Culture”
出版: Creating a Behavior – Based on Food Safety Management System.
2015年
GFSI食品安全文化に焦点を当てたワーキンググループ(TWG:35名)発足
2018年
GFSI世界食品安全会議が日本で開催 食品安全文化のテーマで議論
GFSI食品安全文化の醸成に対する見解書(ポジションペーパー)
ISO22000:2018 食品安全マネジメントシステム
-フードチェーンのあらゆる組織に対する要求事項
食品安全文化の醸成のための要素を含む
2020年
米国FDA “よりスマートな食品安全の新時代”(cE4食品安全文化)
CODEX“食品衛生の一般原則” 食品安全文化の醸成を記載
2021年
EU委員会規則2021/382 食料再分配および食品安全文化に関する規則
2022年
ISO10010:2022品質マネジメント
-組織の品質文化を理解し、評価し、改善するためのガイダンス
2023年
FSSC22000(ver6)食品安全文化の醸成を要求事項に(2024年適用開始)

※注記 ISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)、CODEX(FAOとWHOが合同で設立した国際食品規格委員会)、FSSC(Food Safety System Certification:オランダの食品安全認証団体)

このようにGFSIが主導しCODEXやEU、ISOなどの国際機関(各国の政府機関含む)においても食品安全文化の醸成の重要性が認識され、それぞれのガイドラインや規格の改訂で説明が加えられた3),4)。GFSIのベンチマークはISOおよびCODEXとの整合性をとり、新しい食品安全の要素をタイムーに取り入れているため国際的にも定評が高い。

なお、ISO10010:2022の用語の定義をみると、組織文化は「統合された共有価値観、信念、歴史、倫理、態度、及び観察される行動」と、品質文化は「品質方針と目標の達成を支援し、顧客やその他の関係者のニーズと期待に応える製品とサービスを提供する文化」と定義づけられている5)。食品安全が品質に包含されると考えれば、品質を食品安全と置き換えて理解することは可能である。

米国FDAは複雑で高度化していく食品流通に対応するために“よりスマートな食品安全の新時代の青写真6)“を示した。そこに示されている目標とする4つのコアエレメントの一つに食品安全文化がある。

技術対応のトレーサビリティ

  1. Tech-enabled traceability:
    技術対応のトレーサビリティ
  2. Smarter tools and approaches for prevention and outbreak response:
    予防と発生対応のためのよりスマートなツールとアプローチ
  3. New business models and retail modernization:
    新しいビジネスモデルと小売業の強化
  4. Food safety culture:
    食品安全文化

図1 目標とする4つのコアエレメント
※1~4は図1の目標とする4つのエレメント(荒木氏訳7))

なお、“食品安全文化(Food Safety Culture)”という言葉を使い、その重要性を最初に述べたのは現米国FDA副長官のFrank Yiannasと言われている。かつてYiannasが在籍していた流通大手のコストコは現在のGFSIボードメンバーでもある。

3. 食品安全文化醸成の重要な要素

GFSIはどのような組織の側面が食品安全文化の醸成を促進するか、そして食品安全文化の醸成度が組織文化を通じてどのように長期にわたって維持されるかについての見解を文書1)(ポジションペーパー)で出した。ポジションペーパーに掲載されている“食品安全文化の5つの側面”を図2に示した。

図2 食品安全文化の5つの側面と重要な構成要素
図2 食品安全文化の5つの側面と重要な構成要素

組織全体のリーダーやマネージャーは、自身の本質的な役割を明確に認識し、机上の空論で終わらせないため、より具体的で包括的な取組みが求められる。ポジションペーパーの付録4,付録5にトップマネジメントやリーダーの具体的な行動項目が示されている。

FSSC22000(ver6)の「食品の安全と品質文化」のガイダンス文書8)では、取締役などの上級管理者は食品安全文化の醸成の4つの要素(表1)に取組み、審査員に対してオンサイトでその取組みの有効性を審査することを要求している。

表1 食品安全文化の醸成のための要素(FSSC22000)
表1 食品安全文化の醸成のための要素(FSSC22000)

“活動のパフォーマンス測定”について具体的なことは記載されていないが、一般的には食品安全に関する活動としてGHP(汚染防止等)とハザード管理プラン(CCP・OPRP)の教育・訓練とその取組み評価、環境モニタリング測定や内部・外部検証などの結果からパフォーマンスを評価するものと考えられる。

CODEXの「食品衛生の一般原則」は2020年に改訂3)され、従来の一般原則8項目に加えて食品安全文化の醸成に対するマネジメントコミットメントが新規に記載された。そして食品衛生システム(GHPとHACCPシステム)がうまく機能するための根本は食品安全文化の醸成の確立と維持であり、積極的な食品安全文化を醸成するためには食品安全に関係する次の要素が重要だとの記載がある(表2)。

表2 食品安全文化の醸成のための要素(CODEX)
表2 食品安全文化の醸成のための要素(CODEX)

だが、これらの実施は事業の性質と規模を考慮しなければならないとも記載されている。 また、EUは従来の規則(EC) No 852/2004の付属書を2021年に改正しEU規則2021/382の中で食品安全文化の要件9)を示したことで、経営者は食品安全文化の醸成に取り組むことになった。

4. 微生物検査を活用した食品安全文化の醸成へのアプローチ

次に、食品安全文化の醸成のための具体的な取り組みについて述べる。前述の図2に示した食品安全文化の5つの側面と重要な構成要素の1つに“危害の検証とリスク認知”へのアプローチがあり、これには環境モニタリングを実施し、汚染のリスクを認知することが考えられる。

日本でも環境モニタリングという言葉を聞くようになってきたが、環境からの汚染を防止する観点から落下菌やラインのふき取り検査などは従来から行われてきた。その場合、作業の特性に応じてその部屋毎の管理をしているところが多く、例えば原材料保管室や加熱前の下処理室は“非清潔区”、加熱調理室や包装作業室は“清潔区”のように部屋を1つの共通の管理区域として考えて、部屋全体の衛生レベルに合わせた管理の厳格さを適用しているところが多いように思われる。

一方、米国FDAのInvestigations Operations Manual10)ではゾーンで管理する“Zone Concept”という考え方が示されている。食品が病原微生物等に汚染されるリスクを4つに分類し、最も汚染のリスクが高いゾーン1は食品が直接接触する機器類の表面などである。図3、図4にカリフォルニアアーモンド協会が例11)としてあげたゾーン別の検査対象箇所とその頻度を示した。

図3 マッピング
図3 マッピング

図4 ゾーン毎のモニタリング計画の概要例
図4 ゾーン毎のモニタリング計画の概要例

ガイドラインにはナッツ特有の理由からモニタリングの指標菌をサルモネラとしているが、実際に製造する食品の特性および施設の環境に応じてサンプリング計画を立てる必要がある。FSSC22000の環境モニタリングのガイダンス文書12)にモニタリング対象の微生物例が示されているので表3に一部記載した。

表3 環境モニタリングの対象微生物の例
表3 環境モニタリングの対象微生物の例

リステリアは一般的に湿気の多い冷気・寒気のある環境および排水溝に存在することが多く、日和見病原菌のクロノバクター属菌は乳児用粉ミルクの製造で注意が必要である。また、黄色ブドウ球菌は食品取扱者の手指に、セレウス菌は乾燥食品の製造環境、カンピロバクターは食肉および家禽類の加工環境に存在する可能性が高い。腐敗菌としてのカビ、酵母は空気及び直接食品が接触する表面での存在を特定する上で重要である。

5. 食品安全への取組みと企業文化の変革

企業文化は、トップマネジメントが企業の方向性と目標を示し企業の価値観や理念などを組織の人々と共有しながら、日々の目標達成に向けた活動の中で時間をかけて培われてくるものと考えられる1)。 逆に言えば、その方向性や目標がどういうものであろうと時間をかけて醸成した企業文化がそこに根づいてしまえば、それを簡単に変えることは難しい。

GFSIのボードメンバーである3Mがコーネル大学と共同で作成した環境モニタリングハンドブック13)では企業の“食品安全文化の醸成”へどのようにアプローチするかについて目標行動の内容が示されている(表4)。

表4 文化的側面に対する環境モニタリングの目標行動
表4 文化的側面に対する環境モニタリングの目標行動
注)表4の日本語訳は3M社の日本語訳文献を引用している。

表4のように、環境モニタリング結果をコミュニケーション、教育の場で活用できれば、トップマネジメントや従業員は食品安全に対する意識が向上するようになると考えられる。

6. おわりに

食品安全に対する取組みは企業の大小に関係なく必須である。しかし、食品事故や事件を起こさないために法令規制や自主管理基準を厳しくしたとしても、そこに携わる人が取組みの重要性を認識せず、衛生管理が形骸化しているようなら食品の安全は守れない。つまり企業にしっかりと食品安全文化を醸成させ根づかせることが、遠回りだが安全な食品の製造および提供のためには必須だということである。

食品安全文化という言葉は企業文化の側面の一領域である。企業文化の研究は社会科学や行動心理学の分野で研究されているが、企業がその研究成果を事業の継続に貢献する知見として活用することができれば安全な食品の製造と提供が期待できる。

企業がAIを活用したりDX化を推進したりすることは食品の品質および生産性向上に貢献するだろうし、食品安全管理を支える検査・分析技術の進歩も食品安全に対する貢献度が増すだろう。同様に食品安全文化の醸成への取り組みも重要性を増し、取引先からの要求も増えていくものと考えられる。企業を取り巻く環境は大きく変化し続けているが、環境変化への対応は生き残りをかけた企業戦略である。この変化に積極的に対応しようと考える企業にとって本レポートが参考になれば幸いである。

参考文献

  1. GFSI:食品安全文化GFSIの見解書,2018;
    https://mygfsi.com/wp-content/uploads/2019/09/GFSI-Food-Safety-Culture-Full.pdf
  2. GFSI:GFSIのベンチマーキング要求事項(2020年)
    https://mygfsi.com/wp-content/uploads/2020/02/GFSI-One-pager-Benchmarking-Requirements-v2020-vWeb-1.pdf
  3. (公社)日本食品衛生協会CODEX食品衛生の一般原則2020-対訳と解説―,2021;10:2-20
  4. (一社)日本規格協会:ISO22000:2018食品安全マネジメントシステム-フードチェーンのあらゆる組織に対する要求事項,2018;29:16-26
  5. (一社)日本規格協会:ISO10010:2022品質マネジメント-組織の品質文化を理解し,評価し,改善するためのガイダンス,2022
  6. U.S.FDA:New Era of Smarter Food Safety,2020
    https://www.fda.gov/food/new-era-smarter-food-safety
  7. 荒木恵美子:食品安全文化を考える; (公社)日本食品衛生協会主催セミナー資料;2023,
  8. FSSC:FSSC2200; Guidance documents, Food Safety and Quality Culture
    https://www.fssc.com/wp-content/uploads/2023/03/Guidance-Document-Food-Safety-and-Quality-Culture-V6-1.pdf
  9. THE EUROPEAN COMMISSION:COMMISSION REGULATION (EU) 2021/382,2021
  10. U.S.FDA:Investigations Operations Manual(IOM);2022;chapter4:4.3.7.7.1 - Environmental Sampling https://www.fda.gov/inspections-compliance-enforcement-and-criminal-investigations/inspection-references/investigations-operations-manual
  11. The Almond Board of California:Preventing Salmonella Recontamination: Pathogen Environmental Monitoring Program Guidance Document,2023;
  12. FSSC:FSSC 22000 ガイダンス文書: 環境モニタリング,2022,
    https://www.fssc.com/schemes/fssc-22000/documents/fssc-22000-version-6/#guidance-documents
  13. 3M&コーネル大学:環境モニタリングハンドブック,2021,
    https://multimedia.3m.com/mws/media/1684575O/environmental-monitoring-handbook.pdf
(更新:2024.4.29)

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