定期通信第60号は、2023年11月21日に中央区立日本橋公会堂で開催された「2023年度第2回講演会」の聴講録です。武内真佐美先生、吉富愛望アビガイル先生、師岡武浩先生の3名の演者による 講演の概要を簡潔に取りまとめ、数枚のスライドを挿入したものです。
会誌「食の安全と微生物検査」第13巻第2号の資料を合わせてご覧ください。 講演会の動画記録を会員限定ですが、Vimeoでアーカイブ配信しています。会員専用ページをご覧ください。
●講演1
FAOからのビデオ講演 “Food safety aspects of cell-based food”(Masami Takeuchi 先生)
●講演2
細胞性食品(いわゆる「培養肉」等)におけるルール形成
~安全性確認に関する国際的議論や国内の議論状況を中心に (吉富 愛望 アビガイル 先生)
●講演3
輸入鶏卵製品における安全性確保の取組み(師岡 武浩 先生)
講演1
Food safety aspects of cell-based food
武内 真佐美
Food Safety Officer FAO
Food Safety Officer FAO
Cell-based foodとは何か?
日本では培養肉などと言われることが多いと思われるが、本日の講演では食品安全の側面から解説する。現在、FAOから紹介動画(1分半程度)が作成・公開されておりYou Tubeで視聴可能となっている。この動画は消費者向けではあるが、概要を理解してもらうために4つのフェーズ、すなわち「Cell sourcing(元となる細胞を用意する)」、「Cell production(細胞を育てる)」「Harvesting(育ったら繊維を取り出す)」「Processing(成形する)」に分けて解説されている。
名称について
Cell-based foodの名称については規制当局の立場から見ると、とても大きく、かつ大切な事項であり、優先順位の高い議論となっている。分かりやすい例では表示義務の問題である。多くの国には表示義務があり、この食品は何であるのか?という表示をする必要があるため、名前を統一しなければならないという議論が最初にくることが多い。
また問題を混乱させる原因は、多くの名称が使われているという事実にある。例えば、cultured meat、cultivated meat、lab-grown meat、clean meat、fake meat、synthetic meat、cell-based meatなど色々な呼び方がある。一番使われている呼び方としては、lab-grown meatであり、メディアなどで使われることが多いがネガティブな印象がある。
Lab(実験室)という用語と食品がつながることは消費者が嫌がる可能性が考えられる。逆にclean meatというと良い印象を持つ可能性がある。専門家の議論では、消費者の判断を誤らせる、つまり価値が入っている言葉は避けた方が良いという認識がある。 cultured meatとcultivated meatについても人気のある言葉ではあるが、にんじんとかほうれん草とかの植物や魚に当てはめた場合に混乱を招く可能性があり、避けた方がいいのではないかという議論になっている。
FAOが使用しているCell-basedという表現も最適とは考えてはいないが、今まで誰も食品の事をCell-basedとは呼んでいなかったので、消費者に注意喚起できるのではないかという結論になっている。世界には多数の言語があるため統一した名称を付けることは不可能であり、各国における消費者の理解度やその名称にどのような意見を持つのか、などを考慮した上で名称を見つけることがいいのではないかという話になっている。
もちろん国際的に統一した言葉があるに越したことはないが、現在FAOが使用しているCell-based foodという名称の使用を求めるのではなく、各国が消費者をミスリードしない名称を見つけることが重要と考えている。
食品安全について
食品安全については食品があって初めて考えられるトピックだと思われがちであるが、実は食品安全が最初に来ることである。Cell-based foodのマーケティングを見ると、環境にやさしいとか持続可能な世の中に良いとか、という利点が謳われることが多いが、この食品の安全性を証明する方法(Food Safety Assurance)が確立されていないとそもそも上記のような議論は意味がないと考えられる。
最終的に消費者は「この食品は安全なのか?」ということに関心が向くので食品安全を第一に考える必要がある。しかしながら食品安全を考えるうえで難しい点としては、世の中には100%安全な食品は存在しないという事実がある。Cell-based foodを扱うスタートアップ企業などには、食品安全のためにどのような取り組みをしているかについて明確かつ正確に説明ができるようにして欲しいと考えている。
FAOでのプロジェクト
FAOでは2017年頃からCell-based foodと食品安全のプロジェクトに取り組んでおり、ここ数年でFAOとWHOで共同出版する形でアウトプットを出している。3つのテクニカルドキュメント(技術文書)、エクスパートコンサルテーション(専門家会議)などが入った分量の多いものではあるが、科学的かつ詳細なハザードアイデンティフィケーションの結果が記載されておりダウンロード可能となっている。
テクニカルドキュメントには名称、生産工程、各国のレギュレーションの在り方などがまとめられている。各国でレギュラトリーフレームワークは大きく異なっているが、唯一共通なのは食品安全のアセスメントが行われているという点であり、どの程度のアセスメントを行うかは国によって異なる。Cell-based foodに関しての食品安全のアセスメントについては、先行しているシンガポールやFDAのポイントを参考にしているところが多い。
FAOでの専門家会議
専門家会議ではリスクアセスメントに取り組むことになったが、4つの項目(1.Hazard identification、2.Hazard characterization、3.Exposure assessment、4.Risk characterization)のうち3番目のExposure assessment(暴露評価)についてはCell-based foodが出回っていない現段階では不可能という結論になっている。
FAOとWHOで協議した結果、2番目のHazard characterization(ハザードの特性評価)から着手することになった。専門家から約350のハザードが提出され、検討を重ねた結果、最終的に40~50のポテンシャルハザードのリストを作成した。これらのリストは先に示した4つのフェーズに分けて整理している。
なおこれらのハザードは、既知の食品安全のハザードであることが判明したが、製造の段階でこれまでに使用実績のない材料や機械を使う場合にはこれらの特性等について明らかにする必要があるという結論となった。また消費者との積極的なコミュニケーションも必要との認識になっている。
今後の活動予定
今後も、一年に一度のペースでStakeholder meeting(関係者会議)を開催予定である。2022年にはイスラエルで開催しておりレポートが公表されている。2023年には上海で開催されており、2024年も開催を予定している。現在は13か国の35名ほどのレギュレーター(規制当局関係者)でインフォーマルな検討会を行っており、2023年より日本も加わっている。
講演2
胞性食品(いわゆる「培養肉」等)におけるルール形成
~安全性確認に関する国際的議論や国内の議論状況を中心に~
吉富 愛望 アビガイル
細胞農業研究機構 代表理事
細胞農業研究機構 代表理事
細胞性食品の基礎情報
細胞性食品とは、動物あるいは植物の細胞を培養することにより動物あるいは植物由来の資源を生産する方法であり、従前よりも資源の効率性を高めて食品を生産できる可能性が指摘されている。そのため、多くの企業や国家が社会実装に向けての議論、開発投資や規制枠組みの議論に資金を投じ多くの情報収集を行っている段階と考えられる。
日本でも食料の安定供給の観点から、中長期的には重要になってくると考えられており、国や産業界で情報収集する必要があると認識されている分野と理解している。海外では細胞性チキンのように販売承認を受けている製品もあるが、国内では投資規模が小さいなどの理由もあり初期段階と考えられる。
すでに販売あるいは開発されている細胞性食品は、味・食感がうまく再現できているものもあれば、油分や香りは再現されているが食感が不足しているものもあり、使用する細胞の種類によって味の再現度は変わって来るが、現段階では開発企業によってクオリティはまちまちと思われる。日本では細胞含有率を高めようとしている取り組みが多いが、海外では加工食品としての美味しさを突き詰めようとする企業が多い印象を抱いている。
基本的な用語
細胞性食品:細胞性の「食肉」や「魚介類」の総称。行政や業界団体が使用することが多い用語
細胞農業:細胞性食品を作る技術
農林水産省では「細胞性食品」という用語を使用しており、アカデミアは「細胞培養食品」、メディアは「培養肉」という表現を使うことが多い。消費者が優良あるいは不良と誤認せずに、名前を見た時にそれが何であるのか想像しやすく既存食品と混同しにくい名称を選ぶべきという議論も行われており、今後消費者調査を行う予定である。
市場規模・投資状況
細胞性食品の市場成長や供給についての展望は未知数であるが、あるNPO団体の情報によるとコストダウンが進んで2030年には1kg当たり6ドル程度の生産コストになるという試算も業界側から出ている。逆に再生医療出身の視点では、そこまでのコストダウンはできないとの意見もある。試算の方法等にもよるが、市場規模予測は前提によって10倍も異なるという結果になっている。
環境負荷に関しても、今後の技術革新による振れ幅が大きい。例えば成長因子を医療グレードのものを使うのか細胞性食品用に開発されたものを使うのか、電力も化石燃料を使うのか再生可能エネルギーを使うのか、などによって大きく異なる。 各国の投資状況は、アメリカが2,272億円と最も多く、次いでイスラエルの900億円、イギリスの181億円となっており、日本は24億円である(1ドル=144円換算、2016-2022年累計)。
各国の立ち位置
有名な例として、シンガポールでは細胞性食品が販売されており、細胞性食品を含む新しい食品の安全性審査体制が構築されている。アメリカも現在2社が事実上の販売承認を受けている。シンガポールは明確に新規食品の承認プロセスとしての窓口を設けているが、アメリカでは販売前の事前相談という形で企業の自主的な相談に任せているという違いがある。日本でも各省庁で取り組みが見られるが、実際の販売環境の構築に向けた動きには至っていない。
なぜ日本で販売できないのか
細胞性食品を安全に生産するための方法論について官民間の共通認識が無く、企業の自主判断だけで販売を開始することは非常に憚られ、販売に踏み切れない状況にあると考えている。細胞性食品の安全性の考え方についての整理が、消費者コミュニケーションや食品表示、輸出入にも関連するため、この安全性の議論がストップすると他の議論も停止する。このため官民間で共通認識を持つことが現状一番大きな課題となっており、厚生労働省の調査部会や食品安全委員会の委託事業によって要件整理が進められている最中である。
産業界からすると、「規制当局の見解が整理されないと、安全な細胞性食品開発に向けた本格的な研究が進まない」という「行政の見解待ち」の状態であり、行政からすると「本格的な研究開発によって安全性についての見解等が確立されなければ国としての対応方針が定まらない」という「産業界の開発待ち」状態になっており、これが新興産業の育成や知見の蓄積が進まない原因となっている。このため産業界と行政のそれぞれがアクセス可能な情報を持ち寄り、細胞性食品の安全性等に関する見解や、よりよい対応方針を議論できることが目指す姿と考えている。
細胞農業研究機構
細胞農業研究機構の活動理念として以下3点を掲げて活動しており、現在57団体が参画している。
1. 公益(産業や消費者)に貢献するような仕組みの検討と実践
2. 技術の実現可能性や国際動向等に関する情報の収集及び誠実な発言
3. 日本の国際的な議論への参画を促進
機構では知財委員会、名称委員会、安全性・品質管理委員会、定義・食品表示委員会など各種委員会を有し、各委員会内で重要事項について議論をおこなっており、国際会議にも呼ばれるようになってきている。
安全性確認に関する国際的議論
安全性に関してはFAOがハザードリストを出しており、細胞性食品特有と考えられるハザードも含め詳細に作られている。各国での安全性に関する考え方を見ると、米国では事前相談の形を取っており、FDAと各社のやり取りについて機密情報以外は公開されている。欧州では1社が販売のための申請をしているが、詳細は明らかになっていない。
シンガポールは企業側がどのような情報を収集しておくべきかについてガイドラインを出しているが、各企業とのやり取りについては非公開となっている。最近、韓国もFSAが出しているようなリストを公開し、パブリックコメントを求めている様である。日本の状況を見ると、各国の状況を参考にしつつ検討が進められている最中であるが、安全性と新規食品開発などを総合的に理解し、判断できる専門家が皆無なのが課題となっている。そのため会員企業だけでなく、アカデミアの人などを巻き込んでの議論が重要と考えている。
Q&A
Q2-1昆虫食などの新規食品開発が様々なされている中で、細胞性食品開発の重要性についてどのような考えをお持ちでしょうか?
A2-1各国によって考え方は様々であり、サステナビリティの側面から後押ししている国もあれば、米国のようにバイオテクノロジー推進の一環として取り組んでいる国もある。日本の場合は省庁によって考え方が定まっていないが、農林水産省はフードテック、経済産業省はバイオテクノロジー技術の一環としてサポートしている面があると考えている。
講演3
輸入鶏卵製品における安全性確保の取組み
師岡 武浩
株式会社キユーピーエッグワールド トレーディング 代表取締役社長
株式会社キユーピーエッグワールド トレーディング 代表取締役社長
これまでも世界各地で発生してきた高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)であるが、2022年~2023年においては、米国・欧州に端を発し日本各内においても大規模な感染となった。この感染拡大により、米国では全採卵鶏使用羽数の13%以上となる4400万羽、欧州においても採卵鶏だけでなく、フォアグラ用あひるなど過去に類を見ないレベルでの商業鶏への感染状況となった。日本国内においては欧米での感染拡大からおよそ半年以上遅れて急速に感染拡大が進んだ。
日本では米国と同様、ウィンドウレス鶏舎で1か所の同一農場敷地内に百万羽単位で飼養している企業が感染したことから、地域に感染羽数が拡大し、採卵鶏総数のおよそ10%に当たる1770万羽が感染、殺処分となった。これらの世界的なHPAI感染拡大による原料卵不足とほぼ同時期に勃発したロシアのウクライナ侵攻による飼料穀物相場高騰・エネルギーコストの急騰により、世界の鶏卵市況は市場最高レベルとなる相場急騰となった。
直近のHPAI拡大による国内鶏卵市場の変動に対して、これまでとは違い米国・欧州から日本への鶏卵輸入が軒並み停止したことにより、過去にも取引実績があり、生産者との関係構築もできているブラジルからの輸入を進めることとした。既に過去から行ってきたプロセスではあるが、第一に海外からの殻付卵輸入に関わるリスク分析を行い、
① 鶏卵中の抗生物質・農薬等の残留による法令違反=安全性確保
② 鮮度不良による原料卵規格逸脱=グループ用原料卵品位確立
の2点のリスク管理を実施することとした。
①の安全性確保については、生産者による事前の自主チェック表にて評価、その結果・内容を基に実地査察するというプロセスで規定や決まり事が生産現場でその通りに実施されているか、工程管理が適切になされているか、現場の雰囲気・環境・経営者/マネージャの姿勢などを確認する。また、動物用医薬品の使用方法や抗生物質使用の有無、製品検査の頻度・記録といった項目も実地で確認する。
②の鮮度管理については、適切な鶏舎管理・工程管理により採卵から箱詰め工程までの間で滞留や鶏卵が傷つくこともなく、洗浄/乾燥が適切に行われていること、箱詰め後の急冷条件が守られ異常時への対応方法が定まっていること、そして急冷後の輸送コンテナの条件が適切にセットされていることが必要条件となる。特にブラジルから日本への海上輸送期間はおおよそ2か月にも渡るため、日本到着時に原料卵規格に合格するためには厳しい鮮度管理が要求される。
これまでに何度かブラジルからの輸入を経験してきたが、まれにシュードモナスが原因とみられる緑色腐敗卵がみられた。この問題に対しては、箱詰め前のヒビ卵や破卵・汚卵を工程管理で確実に除去することと、箱詰め後できるだけ早くカートン内品温を5℃以下に下げ、サルモネラ(Salmonella Enteritidis)の増殖を制御することである。
現在は、採卵後工程で鶏卵が傷つく可能性のある個所を修正し、箱詰め後速やかに凍結温度帯で急冷したうえで、低温度帯のコンテナで日本へ輸送することと、カートン材質を強度と冷えやすさを考慮した材質とすることにより、日本の工場到着時の鮮度は日本国内の鶏卵と同等レベルを実現することとなった。
なお、各コンテナの温度履歴は全数温度ロガーで確認している。輸入した鶏卵は、工場で殺菌全卵として国産原料卵の液卵とブレンドして色目を一定に合わせて、主に食品加工メーカーへ販売している。液卵を用いたスポンジなどの機能試験も行っているが、品質に対してご不満等頂いておらず、鶏卵市場の安定化に僅かではあるが貢献していると思われる。
Q&A
Q3-1最近のブラジルにおけるSE患者の発生状況について情報があれば教えていただきたい。また鶏卵中のSEの検査を実施しているかどうかについて教えて頂きたい。
A3-1現状のブラジルでの食品からのSE感染状況のデータは持ち合わせていない。ここ10年ほどで食品における各種規制や管理基準が厳しくなってきており生産者が遵守するようになってきている状況にあるが、これがサルモネラ感染と結びついているかは不明である。過去も法による規制は存在していたが、遵守されていないことが多く、また罰せられることもなかった実態がある。インエッグのSE汚染は欧米諸国や日本と同レベルと考えているが、中東や欧州向けの輸出需要が高まっており、ブラジルの鶏卵業界も抗生物質やワクチンの使用を控えたり、外部認証を取得することが一般的になってきている。