定期通信第45号は、当法人の新蔵登喜男 理事による書下ろしです。
食品衛生法の改正に伴い、外国人労働者への教育のあり方が問われています。どんなテーマについて、どのように指導・教育を進めていけば良いのか、具体的にご説明を差し上げます。 食品微生物検査の担当者を含め、食品衛生関係者の皆様には重要なポイントになります。是非、ご覧ください。
外国人材の受入と食品関連企業の課題
新蔵 登喜男 / 当法人理事 ・ 有限会社 食品環境研究センター 取締役
1. 日本の食品産業の現状
日本の食品産業の規模(国内生産額)を他の産業と比較してみる場合、総務省と経済産業省の統計資料が参考になる。平成27年産業連関表をみると、日本の国内生産額 は1,017兆円(総供給額の約9割)、輸入は102兆円(同1割)である。
その内わけは商業の95兆円、不動産業の80兆円、そして医療・福祉の67兆円、建設業の60兆円で、食品関連(飲食料品のみ)は38兆円、農林漁業は12兆円となっている。食品産業の生産額は多い方ではないが、食は観光産業など他の産業への波及効果が大きく、日本の文化(年中行事や祭事など)や地域コミュニティーと深く関わり、単純に金額だけで評価することはできない。
また、海外では和食の人気は年々高まり、牛肉や水産物および酒類(日本酒やウイスキー)の輸出が伸びているし、食を目的として日本に訪れる外国人も増えている。
そのような一部で追い風となっている食品業界であるが、実際には食を取り巻く環境は厳しさを増し、特に製造業等が直面する人口減少に伴う労働力不足は、企業にとって深刻な状況にある。
図1は日本の人口の推移を示したものである。
図1 日本の人口動態
表1 食品製造業の事業規模と割合
日本の総人口のピークは2010年だが、生産年齢人口は1996年をピークに下がり続けている。高齢化を伴った人口減少が、日本の食品製造および飲食店へ深刻な影響を及ぼし、外国人に労働力を依存せざるを得ない状況が今後も長く続くと予想される。
表1は少し古いが、総務省で5年ごとに調査した食品製造業(法人)の事業規模のデータである。食品製造業はおよそ90%が従業員数50人未満で、新卒採用が難しい小規模事業者で占められている。小規模な食品企業が継続的に事業を行うためには、65歳以上の高齢者の雇用や外国人の確保が必須であることが図1と表1から見えてくる。
2. 技能実習と特定技能の制度比較
日本の食品業界などを取り巻く状況(人口減少に伴う労働力不足)に対応するため、国は平成22年(2010年)に技能実習制度、そして令和元年(2019年)に特定技能制度を施行し、外国人に対する在留資格(ビザ)を与える制度を創設した。それぞれの制度の関係を図2に示す。
図2の下段に示す「技能実習」は、外国人実習生に労働を通して技能を習得させ、帰国後に技術者として活躍してもらうことを目的とした制度である。在留資格を与えられた外国人は次の①~③の順に実習期間が更新され、最大で5年間の在留が可能となる。
技能実習1号:1年間
1年後、技能検定基礎相当の学科と実技試験に合格すれば、技能実習2号の在留資格(不合格なら帰国)。
技能実習2号:2年間
2年後、技能検定3級相当の実技試験に合格なら、一旦帰国(1か月間以上)することになるが、その後再入国し技能実習3号の在留資格(実技試験を受けない場合は帰国) 。
技能実習3号:2年間
2年後、技能検定2級相当の実技試験受験し実習を終了(帰国) 。
図2 技能実習制度と特定技能制度の関係 (出典:出入国在留管理庁)
2018年4月時点で、この制度の下で約30万人の実習生が日本で働いていた。実習生の割合を国別でみると、1位がベトナムで4割、2位が中国で3割、3位がフィリピンで1割となっている(厚生労働省「外国人技能実習制度の現状と課題について」より)
。
現在、技能実習制度で働くことができる食品の業種は表2に示す11職種(16作業)である。
表2 技能実習が可能な食品の職種(作業)
図2の上段に示す特定技能制度(「特定技能1号」・「特定技能2号」)は、日本の人口減少にともなう労働力不足への対策を目的に2019年施行された。
特定技能1号
特定技能1号は、更新しながら最大5年間の在留資格が与えられる。特定技能の在留資格を希望する技能実習3号は実習終了後いったん帰国し、特定技能1号の資格を取るための試験(職種に応じて技能水準を評価する)を受ける必要がある。例えば外食業であれば外食業技能測定試験(仮称)と日本語能力判断テストに合格する必要がある。ただし、技能実習2号以上の修了者は日本語の試験が免除される。
特定技能1号として働ける食品の職種は、今のところ表3に示す2職種のみであるが、他の職種も対象になってくると考えられる。
表3 特定技能1号の職種(食品関係)
特定技能1号の技能試験用テキストは日本語、英語、ベトナム語、インドネシア語、中国語のものがあり、一般財団法人日本食品産業センターのホームページから無料で入手できる。また、在留資格取得のための試験実施については、一般社団法人外国人食品産業技能評価機構(OTAFF)のホームページから情報が得られる。
一般社団法人外国人食品産業技能評価機構(OTAFF)ホームページ
https://otaff.or.jp/
特定技能2号
特定技能2号は高度なスキルと十分な日本語能力をそなえた者であり、家族(配偶者と子)の帯同と定住も可能になる。しかし、この制度は「移民政策」ではないかとの批判もあり、現在のところ対象職種は未定となっている。
3. 外国人に対する食品衛生教育の現状
外食業や飲食料製造業の特定技能の測定試験には、基本的な食品衛生の知識、HACCPおよび労働安全に関する内容(表4参照)となっている。もちろん、技能実習生(1号)であっても食品衛生の知識を身に着け、それに取り組む必要はある。
しかし、入国1年目の日本語力では生活レベルの会話はできても、食品衛生を理解することは難しく、企業で行う食品衛生の研修などには参加できない場合が多い。それでも食品工場で3年程度の実習経験を積めば、仕事を通じて一般衛生管理の言葉は理解できるようになる。
一方、特定技能1号に必要な食品安全の知識は一般財団法人食品産業センターが作成した学習テキストに示されている。テキストの項目は表4の通りである。
OTAFFで実施された飲食料品製造業の試験は表4の科目から出題され、実施法は次のとおりである。
- 試験場所:日本国および海外の指定場所
- 試験時間:学科試験と実技試験を併せて80分(50分+30分)
- 試験形式:ペーパーテスト方式(マークシート利用)
-
試験項目と内容(学科試験と実技試験の項目は同じ)
- 学科試験:HACCP等による一般的な衛生管理、労働安全衛生に係る知識を評価する
- 実技試験(判断・計画立案試験等)
図やイラスト等を用いた状況設定において、正しい行動等を判断する判断試験及び所定の計算式を用いて必要となる作業の計画を立案する計画立案試験等により、業務上必要となる技能水準を評価する。外食業の試験科目もOTAFFのホームページで確認できる。
ちなみに、海外(ミャンマー、フィリピン、インドネシア)で実施(2019年11月)された試験結果は合格率90%以上だが、日本で実施(2020年2月)した試験結果は合格率40~60%であった。この違いは海外での教育が母国語で行われていることに一因があると思われる。
表4の各項目は食品従事者であれば学ぶべき基本的なことであるが、その内容には日本人でも難しいものを含んでおり、ましてや外国人にとってやさしい内容とは言えない。今後、e-ラーニングなどでより分かりやすい教育方法が開発され、外国人へのわかりやすい教え方を考えていかなければならないし、それにより安全な食品の製造と提供につながることを期待したい。
表4 特定技能1号が習得する食品衛生の知識
4. 特定技能制度に対する課題
繰り返しになるが、技能実習制度の目的は国際貢献にあるが、実際には国内の人手不足対策として実習生を受け入れているのが現実である。
一方、特定技能制度が目指すところは国内で深刻化する労働力不足への対応であることを明確にしながら、技能実習制度と連動するような制度設計になっている。技能実習生が5年間の実習を修了し、さらに特定技能1号として最長5年間継続雇用が可能となったことにより、技能実習の5年間で習得した食品製造の技術や知識を備えた外国人に、さらに5年間その企業で継続的に働いてもらえるのであれば大きな戦力となる。
しかし、安易に人材確保の手段として外国人を受入れた企業では、コミュニケーションをうまくとれず、トラブルを生じているケースも非常に多いので、特定技能制度に対してもよく考えて外国人を受け入れる必要があるだろう。
現在の日本は外国人労働者の存在なしには成り立たないのが現実である。そのことは地域の食品製造業や農業・水産業ではっきりしている。技能実習制度の運用が始まり今年で10年になり、外国人とうまく協働していくための経験値もついてきたが、お互いの理解と思いやりが何よりも大事であることを認識し、さらにこの特定技能の制度を上手に活用することで、特定技能制度及び技能実習制度が我が国の食品産業を支援するものになることを期待する。
以上
(参考資料)
新たな外国人材受入(在留資格「特定技能」の創設等)
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri01_00127.htm