定期通信第55号は貞升健志先生による書下ろしです。是非、ご覧ください。
2021年の食中毒発生状況とノロウイルスの新たな分類
貞升 健志
NPO法人食の安全と微生物検査 理事
NPO法人食の安全と微生物検査 理事
1. ノロウイルスと年次別の全国食中毒発生状況
ノロウイルスは、カリシウイルス科ノロウイルス(Norovirus)属ノーウォーク(Norwalk viruses)種に属する。 エンベロープを持たない一本鎖 RNAウイルスであり、冬季に急性胃腸炎を引き起こす食中毒の病因物質である。
近年の我が国における食中毒の概要1) を図1,2に示す。 ノロウイルスの食中毒事件数は、2018年以降はアニサキス、カンピロバクターについで3番目に多く(図1)、患者数では2020年を除き、毎年最も多い(図2)。 定期通信第51号で当法人の尾上が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)下のノロウイルス食中毒事件数(2020年)の減少を指摘しているが2) 、2021年の事件数は2020年よりもさらに減少した。
一方で、2021年の患者数が上昇に転じたのは、仕出し弁当による大規模な食中毒事例の影響である。 2020年にも仕出し弁当による大規模な食中毒事例(毒素原性大腸菌)が東京都内で発生しており、仕出し弁当による食中毒事例はコロナ禍における食中毒の一つの特徴といえるのではないだろうか。 2022年はコロナ禍の様々な規制(入国制限、全数把握の見直し等)が緩和され始めたこともあり、今シーズンのノロウイルス食中毒の動向にも注目したい。
平成30年6月に公布された食品衛生法の一部改正(改正食品衛生法)では、フードチェーン全体へのHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point; 危害要因分析重要管理点)の導入が制度化され、猶予期間1年を経て、昨年、令和3年6月に完全施行となった。
食品の国際規格を定めるコーデックス委員会において、HACCPは食品衛生管理の国際標準となっており、EU並びに米国などの先進国では以前より実施することが義務化されており、国外から輸入する食品の要求事項ともなっている。 カナダなど多くの国や発展途上国でも、HACCPの実施義務化が行われている。
わが国も今回のHACCPの制度化により、ようやくコーデックスの求める食品のリスクマネージメントの基礎となる条件を満たすことになり、食品の国外からの輸入に関してHACCPの実施を要求事項とすることができるようになった。HACCPの導入により食品を汚染する危害要因の制御は、以前に増して精度高くコントロールされることが期待される。
図1.
我が国における食中毒事件数の推移(病因物質別)(2014-2021年)
図2.
我が国における食中毒患者数の推移(病因物質別)(2014-2021年)
2.ノロウイルスの検査診断と遺伝子型別
ノロウイルス食中毒事例では二枚貝を原因とする事例は比較的少なく、多くは従事者を介した感染である。 大量調理施設衛生管理マニュアル3) において、調理従事者等は定期的な健康診断及び月に1回以上の検便を受けることとあり、必要に応じ10月から3月にはノロウイルスの検査を含めることとしている。
ノロウイルスを原因とする感染性疾患による症状と診断された場合には、リアルタイムPCR法等の高感度の検便検査でノロウイルスを保有していないことが確認されるまでの間、食品に直接触れる調理作業を控えるなど適切な処置をとることが望ましい。
ノロウイルス検査診断は、リアルタイムPCR等の核酸増幅検査や抗原検査が用いられる。 ヒト事例におけるノロウイルス感染症は遺伝子群GIおよびGⅡによるものであるが、食中毒事例の解明には詳細な遺伝子解析が必要であり、塩基配列の解析や遺伝子型の特定が行われる。
特に、調理従事者等を介した食中毒事例の場合には、遺伝子型(塩基配列)の一致・不一致が原因究明の糸口となる。 2017年の刻み海苔を原因とする食中毒事例は4,5) 、ノロウイルスGII.P17-GII.17(新表記:GⅡ.17[P17])に汚染された刻み海苔が原因であった。
複数の地域で同様の食中毒事例が発生していたが、遺伝子型のみならず、塩基配列の一致が食中毒事件解明に大きな役割を果たした例でもある。
3.新遺伝子型分類 2019
年に提案されたノロウイルス新分類の概要(J.Gen.Virol., 100, 1393-1406, 2019)を示す。
ノロウイルスは、VP1(Capsid)領域もしくはRdRp(RNA依存性RNAポリメラーゼ)領域の遺伝子解析により、遺伝子群(Genogroup)および遺伝子型(Genotype)に分類された。
また、ノロウイルスはVP1とRdRPのジャンクションでの組み換え体が多く認められており、遺伝子組み換えにも対応した新たなデュアルタイピング表記も更新された。
下記にノロウイルスの新分類を示す。
VP1分類(C-Type)では、GI-GX の10 遺伝子群と48遺伝子型(暫定型以外)に、RdRP分類(P-Type)では、8遺伝子群と60遺伝子型(暫定型以外)に分類される。 ヒトに感染するノロウイルス遺伝子群は主にGIとGIIであるが、その他GⅣ、GⅧ、GⅨの報告もある。 暫定型(Tentative New type)も多くあり、これらは孤発の遺伝子群、遺伝子型であるため、今後、新たな遺伝子群と遺伝子型に発展する可能性がある。
遺伝子群/遺伝子型分類〕
① VP1(Capsid)分類(C-type)
・GI 9種類:GI.1~GI.9
・GⅡ 26種類:GⅡ.1~GⅡ.27(GⅡ.15無し)、暫定型2種類(GⅡ.NA1, GⅡ.NA2)
・GⅢ 3種類:GⅢ.1~GⅢ.3
・GⅣ 2種類:GⅣ.1~GⅣ.2、暫定型(GⅣ.NA1)
・GV 2種類:GV.1~GV.2
・GⅥ 2種類:GⅥ.1~GⅥ.2
・GⅦ 1種類:GⅦ.1
・GⅧ 1種類:GⅧ.1
・GⅨ 1種類:GⅨ.1
・GX 1種類:GX.1
・暫定型 2種類(GNA.1.1、GNA2.1)
② RdRP(Polymerase)分類(P-type)
・GI 14種類:GIP1~GI.P14、暫定型4種類(GI.PNA1~GI.PNA4)
・GⅡ 37種類:GⅡ.P1~GⅡ.P41(GⅡ.9, 10, 14, 19無し)、暫定型9種類(GⅡ.PNA1~GⅡ.PNA9)
・GⅢ 2種類:GⅢ.P1~GⅢ.P2
・GⅣ 1種類:GⅣ.P1, 暫定型1種類(GⅣ.PNA1)
・GV 2種類:GV.P1~GV.P2
・GⅥ 2種類:GⅥ.P1~GⅥ.P2
・GⅦ 1種類:GⅦ.P1
・GX 1種類:GX.P1
・暫定型2種類(GNA1.P1、GNA2.P1)
③ デュアルタイピング分類 (C-Typeと P-Type)
以前のデュアルタイピング分類は、VP1がGI.6でRdRp分類がGI.P6の場合に、GI.P6-GI.6(RdRp-VP1)と表記していたが、新分類ではGI.6[P6] (VP1[RdRp])と表記されることになった。 GⅡ.Pe-GⅡ.4 SydneyはGⅡ.4 Sydney[P31]、GⅡ.P16-GⅡ.4 Sydneyは、GⅡ.4 Sydney[P16 ]と表記される。
④ Human Calicivirus Typing Tool
以上の型別は、遺伝子配列を入力することによりHuman Calicivirus Typing Tool(https://calicivirustypingtool.cdc.gov/bctyping.html)で可能である。
引用文献
1) 厚生労働省食中毒統計資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html
2)尾上洋一:特定非営利活動法人食の安全を確保するための微生物検査協議会(現:NPO法人食の安全と微生物検査) 定期通信第51号、2020年の食中毒発生状況と新型コロナウイルス緊急事態宣言との関わりに関する一考察
https://foodsafety-mbt.com/journal/vol_051.html
3) 大量調理施設衛生管理マニュアル (平成9年3月24日付け 衛食第85号別添)(最終改正:平成25年2月1日付 食安発 0201 第2号)
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/gyousei/dl/130201_9-2.pdf
4)貞升健志、宗村佳子:ノロウイルスに汚染された「刻みのり」による大規模食中毒事例、感染制御と予防衛生、37-41、2017
5) Sakon N, Sadamasu K, Shinkai T, et al.:Foodborne Outbreaks Caused by Human Norovirus GII.P17-GII.17-Contaminated Nori, Japan, 2017.Emerg Infect Dis. 2018 May;24(5):920-923. doi: 10.3201/eid2405.171733.
以上