定期通信第63号は、甲斐明美先生に「サルモネラ食中毒とその予防対策のための新たな取り組み」として、新たに寄稿していただきました。
「サルモネラ属菌の血清型」、「サルモネラ血清型Enteritidisによる食中毒の多発と対策」、「サルモネラ食中毒の最近の傾向」、「米国のサルモネラ食中毒の動向と新たな対策」の4章からなる、貴重な情報が提供されています。 是非、ご覧下さい。皆様の、お仕事にお役立ていただけるものと思います。
サルモネラ食中毒とその予防対策のための新たな取り組み
甲斐 明美
公益社団法人日本食品衛生協会 食品衛生研究所
公益社団法人日本食品衛生協会 食品衛生研究所
サルモネラ属菌を始めとした食中毒起因菌の血清型は、食中毒の原因解明やその予防対策を講じる為に、また感染症の流行状況の把握などの疫学解析、病原性の解明のために重要である。
私が所属していた東京都健康安全研究センター(旧東京都立衛生研究所)微生物部の冷蔵室には、1990年代の後半まで北里研究所から発売されていた赤痢菌などの診断用血清が保管されていたが、販売されていたのは随分昔のことである。また、以前は米国のDifco (現在のBD)からも多くの診断用血清が凍結乾燥の状態で販売されていた。この血清は抗体価が高く、指定の50倍位に希釈しても使うことが出来て有難かったが、これも販売中止となった。今、わが国で入手できる診断用抗血清は、わが国で広く使われている「デンカ」製とデンマークの「SSI」製である。後者は品揃えは良いが、余りに高価なので特殊な場合を除いて使い難い。
一方、遺伝子学的研究が進み、細菌学的な疫学解析にもその手法が取り入れられている。型別を抗血清を使って免疫学的に行うのではなく、PCR法を使って行う方法も開発されてきている。また、SNP(一塩基多型, Single Nucleotide Polymorphism)解析や全ゲノム解析(Whole Genetic Sequence, WGS)を使った疫学解析も進んでいる。しかし、従来から用いられている診断用血清を使った型別法は、特殊な機器や技術を必要とせず、現場においてはその利用価値は非常に高い。
1. サルモネラ属菌の血清型
サルモネラ属菌の血清型は、菌体表面を構成するリポ多糖体(O抗原)と鞭毛(H抗原)にそれぞれ抗原番号が付けられている。また、サルモネラの鞭毛は2相性であるため、2種類に分けられ、第1相、第2相と表記される。血清型は、O抗原:H抗原(第1相):H抗原(第2相)の組み合わせによって決定される固有名詞である。例えば、代表的な血清型Enteritidisは、1,9,12:g,m:- (O9群:第1相H抗原はg,m:第2相H抗原は-)である。
2. サルモネラ血清型Enteritidisによる食中毒の多発と対策
1985年から2023年までにわが国で発生したサルモネラ集団食中毒事件数1)の推移を図1に示した。サルモネラ食中毒は、1989年以降増加し、1999年には825件に達したが、この著しい増加は、1980年代初頭から欧米で問題となっていた鶏卵を原因としたサルモネラO9群血清型Enteritidis (SE)による食中毒の多発がわが国にも及んだ結果であった。
その原因は、親鶏がSE感染しているために産卵された鶏卵の内部がSEに汚染(in egg汚染)されていたことに大きく関係する。SEによる食中毒の多発以前にみられた鶏卵のサルモネラ汚染は主に鶏卵の殻表面の汚染(on egg)によるものであったことから、食中毒発生機序が異なるために予防対策も従来のものとは異なるものが要求された。
この急増したSEサルモネラ食中毒に対し、国は①鶏サルモネラ症(SE)に対する不活化ワクチンの承認(家畜伝染病予防法の改正、1998年)や、②鶏卵の表示基準の改正、液卵の規格基準設定(1999年)、③温度管理をはじめとした衛生管理の徹底(食品衛生法の改正、1999年)など様々な対策をとった。 その結果、サルモネラ食中毒は激減し、本格的な食中毒対策の代表的な成功例となった。また、サルモネラ食中毒では、時に大規模化することもあり、患者500名以上の事例1)も1996年から2015年には15事例報告されているが、2016年以降には報告されていない(表1)。
このサルモネラ食中毒の多発に対して、原因菌の血清型がSEであることが英国をはじめとした欧米諸国で速い段階で解明されたことが、その後に発生した食中毒の原因解明や予防対策の構築のために、非常に大きな役割を果たしたことは論を待たない。
3. サルモネラ食中毒の最近の傾向
サルモネラ食中毒発生数は非常に減少したものの、2022年には22件、2023年には25件(死亡者1人)が報告されている。2019年~2023年の5年間に発生したサルモネラ食中毒109事例の原因食品1)を図2に示した。
原因食品は、卵類よりも肉類や野菜類およびその加工品が多く、複雑化している。2019年から2021年に発生したサルモネラ食中毒の内、原因食品が確認された食中毒事例について、原因菌の血清群と併せて表2に示した。O9群(SE)以外の血清型菌が多く認められる。また,これらの状況は食品や人から分離される血清型にも反映されている2)。
4. 食中毒統計資料(厚労省)等から作成
米国では、食中毒の原因食品を17食品群に分類している。1998年~2021年までの24年間に原因食品が推定されたサルモネラ食中毒は987事例であった。2021年のサルモネラ食中毒の原因食品は広範囲にわたるが、鶏肉(18.6%)が最も多く、次いで果物(15.8%)、豚肉(12.1%)、種野菜(トマト等;10.9%)、その他の野菜(キノコ、ハーブ、ナッツ、根物野菜等;9.4%)、牛肉(6.5%)、七面鳥(5.5%)であり、これらの7食品群で全体の75%を占める3)(図3)。
一方、米国疾病予防管理センター(CDC) では、米国のサルモネラ感染者は毎年100万人以上と推定している。そして鶏肉は、食中毒の主な原因食品の1つとして報告されている。米国農務省(USDA) の食品安全検査局(FSIS) は、鶏肉に関連するサルモネラ食中毒の発生件数が年間125,000件、七面鳥に関連する食中毒が年間43,000件と推定している4)。
この様な状況の中、FSIS は、生の鶏肉製品に関連するサルモネラ汚染と疾病をより効果的に削減するための包括的な規則案を発表した4)。その内容は、生の鶏と体、部分肉、鶏ひき肉、七面鳥の挽肉製品でサルモネラ10CFU/g 以上検出され、公衆衛生上重要なサルモネラの血清型の少なくとも1つが検出される製品が市場に流通するのを防ぐために、最終製品基準を確立するというものである。公衆衛生上重要なサルモネラの血清型は、鶏では、Enteritidis, Typhimurium、Typhimurium の変異型である1,4,[5],12:I:-、七面鳥ではHadar, Typhimurium, Muenchen としている。
鶏卵による食中毒の多発時代にはEnteritidis対策が重点的に行われた結果、激減に成功した。今度は、また新たな試みがなされ様としている。サルモネラ食中毒を低減するために、食品のサルモネラ汚染状況を定量的に捉え、また血清型を利用した試みに対する期待は大きい。今後、この的を絞った対策の効果を注視したい。NPO法人「食の安全と微生物検査」がその事業の一つとして情報提供している「世界における食中毒情報」には、世界50カ国の食中毒情報や、45カ国のヒト由来サルモネラの主要検出血清型に関する最新情報を掲載している。これらも参考にして頂けたら幸いである。
文献
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厚生労働省:食中毒統計資料,各年,
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html - Konishi N, H. Obata, K. Yokoyama, K. Sadamasu and A. Kai: Comparison of the serovars and characteristics of Salmonella isolated from human feces and foods in the 1990s and 2010s in Tokyo, Jpn. J. Infect. Dis. 76, 14-19, 2023.
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The Interagency Food Safety Analytics Collaboration(IFSAC)
: Foodborne illness source attribution estimates for Salmonella, Escherichia coli O157, and Listeria monocytogenes – United States.2021.
https://www.cdc.gov/ifsac/media/pdfs/P19-2021-report-TriAgency-508.pdf -
U.S. Department of Agriculture: USDA Proposes New Policy to Reduce Salmonella in Raw Poultry Products,
https://www.usda.gov/media/press-releases/2024/07/29/usda-proposes-new-policy-reduce-salmonella-raw-poultry-products - (一社)日本規格協会:ISO10010:2022品質マネジメント-組織の品質文化を理解し,評価し,改善するためのガイダンス,2022