定期通信 第40号

定期通信第40号は、2018年度研修会の聴講録です。抄録とスライドハンドアウトが掲載されている、会誌「食の安全と微生物検査」第8巻第2号とあわせてご覧ください。研修会でお寄せいただきました質問に対する、五十君先生のご回答も併せて掲載しております

【 研修Ⅰ】 食品衛生法の改正について(HACCPに沿った衛生管理の制度化を中心に)/ 浦上 憲治先生

【 研修Ⅱ】 HACCP制度化により食品の衛生管理はどのように変わるのだろうか / 五十君 靜信 先生

会員からの質問に答えて (回答: 五十君靜信 先生)

HACCPに沿った衛生管理の制度化を目指す食品衛生法の改正
研修Ⅰ食品衛生法の改正について(HACCPに沿った衛生管理の制度化を中心に)
浦上 憲治 (厚生労働省 食品監視安全課 HACCP企画推進室 HACCP国内対策専門官)

2018年6月7日に食品衛生法等の一部を改正する法律案が国会において可決された。前回の食品衛生法の改正から15年ぶりということもあり、これまでの間に生じた我々の食を取り巻く環境の変化や食のグローバル化等に対応するため、また、国内の食中毒発生状況は年々下がりつつあるものの、仕出し屋や飲食店での食中毒事故が多く発生している状況で衛生水準の底上げが必要となり、今回の改正が必要になった。

改正項目は大きく分けて6項目あるが、その中でも大きな柱の一つとなっているのがHACCPに沿った衛生管理の制度化である。2018年11月29日より、ブロック説明会が始まった。来年にはWTO通報からパブリックコメントを経て政省令公布、技術検討会での手引書作成、自治体条例改正、2020年6月に施行される。

施行時期については、公布の日から2年を超えない範囲内において、政令で定める日となっているが、さらに施行から1年間は従前からの基準によることができるとして猶予期間を設けているため、実質的には2021年6月までに完全施行されることとなる。

食品衛生法等の改正に関わる主な下位法令の整備については、以下のような内容となっている。

  1. 『広域的な食中毒事案への対策強化』では、広域的な食中毒事案の発生や拡大の防止等のため、関係者の連携・協力義務を明記するとともに、国と関係自治体の連携や協力の場を設置し、緊急を要する場合には厚生労働大臣は、協議会を活用し、広域的な食中毒事案への対応に努めることとする。

  2. 『HACCPに沿った衛生管理の制度化』では、原則として、すべての食品等事業者に、一般衛生管理に加え、HACCPに沿った衛生管理の実施を求める。ただし、規模や業種等を考慮した一定の営業者は取り扱う食品の特性に応じた衛生管理とする。衛生管理の基準であり、施設設備の基準ではない。

  3. 『営業許可制度の見直し、営業届出制度の創設』では、実態に応じた営業許可業種への見直しや、現行の営業許可書(政令で定める34業種)以外の事業者の届け出制の創設を行う。

  4. 『食品リコール情報の報告制度の創設』では、自治体の条例等で運用してもらっていたが、情報共有されていない状況から法令として整備した。営業者が自主回収を行う場合に、自治体へ報告する仕組みの構築を行う。基本的には食品衛生法違反、その他法令違反が範囲となる。

  5. 『特別の注意を必要とする成分等を含む食品による健康被害情報の収集』では、健康被害の発生を未然に防止する見地から、特別の注意を必要とする成分等を含む食品について、事業者から行政への健康被害情報の届出を求める。
  6. 『国際整合的な食品用器具・容器包装の衛生規制の整備』では、食品用器具・容器包装について、安全性を評価した物質のみ使用可能とするポジティブリスト制度の導入等を行う。

食品の衛生管理へのHACCP導入については、1993年に食品の国際基準を定めるコーデックス委員会において、ガイドラインが示されてから20年以上が経過し、米国、EUなど先進国を中心に義務化が進められてきた。HACCPによる衛生管理は、我が国から輸出する食品にも要件とされるなど、今や国際標準となっている。

我が国では、これまで、食品衛生法に基づく規格基準、各種の衛生規範、大量調理施設衛生管理マニュアル等に基づき、食品施設における衛生管理の向上に取り組むとともに、1995年以降は「総合衛生管理製造過程承認制度」をはじめ、様々な施策によりHACCPの普及が図られてきた。

その結果、農林水産省が実施している食品製造におけるHACCPの導入状況実態調査によれば、「すべての工場又は一部の工場で導入」又は「導入途中」と回答した企業が大規模層では約90%を占めており、HACCPがかなり浸透してきている様子が見て取れる。一方、中小規模層では、約35%にとどまっており、中小規模の事業者においては導入が伸び悩んでいる状況にある。

このような状況を踏まえ、厚生労働省では、2016年3月に有識者による検討会(「食品衛生管理の国際標準化に関する検討会」)を立ち上げ、我が国におけるHACCPによる衛生管理の制度のあり方について約10か月にわたり検討を行った。

この間、国内外の現状分析や、業界団体からのヒアリング、パブリックコメント等も実施し、それらの結果を踏まえ、同年12月に検討会としての最終とりまとめを公表した。

厚生労働省では、この最終とりまとめの内容を踏まえ、全ての食品等事業者を対象として、HACCPに沿った衛生管理を求めることを盛り込んだ「食品衛生法等の一部を改正する法律案」を2018年4月、第196回国会に提出し、6月7日の全会一致での可決を経て、その後、6月13日に公布された。

一定規模以上の事業者、と畜場及び食鳥処理場にあっては、コーデックス委員会のHACCPの7原則に基づき、事業者自らが、使用する原材料や製造方法に応じて危害要因分析を行い、その結果を踏まえた計画を作成し、管理を行うことになった(「HACCPに基づく衛生管理」)。

一方で、小規模事業者や店舗での小売販売のみを目的とした製造・加工・調理事業者では、使用する原材料や製造方法に応じた危害要因分析や衛生管理計画の作成等を、事業者自らが一から実施する代わりに、各業界団体が作成する手引書等を参考に衛生管理を行うことでよいとしている(「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」)。

厚生労働省では、現在までに10業種の手引書をHP上で公開している。その手引書を参考に食品等事業者団体には、個々の事業者の負担を軽減する観点から手引書を策定することを奨励している。また、食品衛生監視員を対象としたHACCP指導者養成研修を全国各ブロックで実施し、HACCP制度化に対応した監視指導技術の普及に努めている。

このように、HACCPに沿った衛生管理の制度化にあたっては、小規模事業者等の実行可能性にも十分配慮しながら、業界団体や地方自治体など各方面の関係者と連携・調整しながらすすめることとなった。

(更新:2019.2.10)

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HACCPに沿った衛生管理の制度化を目指す食品衛生法の改正
研修ⅡHACCP制度化により食品の衛生管理はどのように変わるのだろうか
五十君靜信 (東京農業大学応用生物科学部教授)

食品の衛生管理へのHACCP導入については、1993年に食品の国際規格を定めるコーデックス委員会においてガイドラインが示されてから20年以上が経過している。HACCPによる衛生管理とは、食品等事業者自らが食中毒菌などの病原微生物の汚染や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程を対象とし、それらの危害要因を除去又は低減させるために特に重要な工程を設定・管理し、製品の安全性を確保しようとする手法である。これまで先進国を中心にその導入の義務化が進められてきた。

2018年6月13日に食品衛生法等の一部を改正する法律が公布され、HACCPに沿った衛生管理の制度化が盛り込まれた。今後、国内のHACCP制度化は、公布から2年以内を目処に施行されることとなっている。この制度化はこれまでの衛生管理と全く異なるものではなく、これまでの衛生管理を基本としつつ、科学的な根拠に基づき、HACCPの原則に則して体系的に整理し、食品の安全性確保の取組みを「見える化」しようとするものである。

これにより、①HACCPによる衛生管理は、食品の安全性の向上につながり、食品の提供に際して、食中毒等の食品事故の防止や事故発生時の速やかな原因究明に役立つ、②食品を提供する事業者にとってもメリットが大きく、消費者のメリットにもつながると考えられる。

また、この制度の基本的な考えは、一般衛生管理をより実効性のある仕組みとするとともにHACCPによる衛生管理の手法を取り入れ、わが国の食品の安全性の更なる向上を図ることである。そして、フードチェーンを構成する食品の製造・加工・調理・販売等を行う全ての食品等事業者を対象とし、「衛生管理計画」を作成し記録することで、作業の流れを明確にすることが可能となる。

HACCPによる衛生管理の基準には、基準A(HACCPに基づく衛生管理)と基準B(HACCPの考え方を取り入れた衛生管理)の2つがある。基準AはコーデックスHACCPの7原則を要件とするもので、基準Bは一般衛生管理を基本として、事業者の実情を踏まえた手引書等を参考に必要に応じて重要管理点を設けて管理するなど弾力的な取扱いを可能とするもので、小規模事業者や一定の業種等が対象となる。

いずれにしても食品の国際基準を決めるコーデックスの基準やガイドラインに従うことが重要であり、コーデックス基準に従っていない場合には、非関税障壁として貿易相手国からWTOに提訴される可能性がある。コーデックスが食品微生物制御の国際基準を決めるうえで科学的根拠を尊重するという考え方は、食品のリスクマネージメントにおいて根幹となる考え方で、それを支えているのはリスク評価である。

コーデックスでは、リスク評価の結果から科学的根拠のある数的指標(目標値)を設定し、食品の微生物学的基準設定を求めている。食品の微生物学的基準を正当化するためには、生産から消費まで一貫したHACCP管理が前提となっている。

これにより、①何が健康上の危害要因になるかを明確にすること、②その危害要因をどの工程で管理するかを決めること、③重要な工程が確実に管理されているか連続的にモニタリングし、必要に応じて改善措置を行い記録すること、が可能となる。

HACCPシステムにおける微生物検査は、目的適合性(分析結果の利用目的,利用方法,分析実施者の能力,分析にかけられる時間やコスト)を考慮し、適切で無駄のない方法を選択する必要があり、試験法の妥当性確認は第三者機関により客観的に行われたものである必要がある。

諸外国の第三者認証機関としては、欧州にAFNOR(フランス・パリ近郊) NordVal(ノルウェー・オスロ) MicroVal(オランダ・デルフト)の3機関、米国にAOACインターナショナル(ワシントンDC近郊)の1機関がある。バリデーションプロトコールは、ISO16140またはこれを基に作成したプロトコールを用いている。

(更新:2019.2.10)

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会員からの質問に答えて(回答: 五十君靜信 先生)

 

  1. 今回のHACCPの制度化は国際標準への適合という点であるが、日本ではリスクが低いとされているリステリアに対する管理は強化されていくのでしょうか。

    ⇒ リステリアに関しては、国内の微生物基準が設定されたので、国としてはそれに特化した対応はないと思います。一方、低温増殖性の菌ですのでHACCPの危害要因分析ではそれなりに考慮が必要と思われます。消費期限等の設定が重要と思われます。

  2. モニタリングの検査方法について: HACCPのモニタリングの決定の時に、サンプリングプランを使って、微生物検査を実施しないと意味がないのでしょうか。

    ⇒ HACCPにおけるモニタリングでは、微生物制御は加熱等により制御することになるので、微生物検査よりも温度モニターなどの対応が一般的だと思います。微生物検査はむしろHACCPが健全に機能しているかの検証に使われることになると思います。

  3. HACCP導入について民間認証を必要とするものではない自主管理基準としてHACCPシステムをつくるとのことですが、自主基準としてシステム設計した場合、何をもってHACCPに基づいてシステムが導入できている、と判断できるのか。7ステップの検討を行い、記録をつくれば良いのか、御教示ください。

    ⇒ ご質問の回答につきましては、HACCPに基づく衛生管理衛生管理と、HACCPの考え方を取り入れた衛生管理とで若干異なってきます。前者では、コーデックスのHACCP7原則に基づき食品等事業者自らが、使用する原材料や製造方法等に応じ、計画を作成し、管理を行うことになります。一方、後者では、衛生管理計画は作成していただきますが、各業界団体が作成する手引書を参考に、簡略化されたアプローチによる衛生管理を行うことになります。制度化ですので地方自治体が条例等を作成しそれに基づき保健所等が指導を行うことになると思います。

 

(更新:2019.2.10)

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