定期通信第56号は2022年度研修会の聴講録です。会誌第12巻第3号(研修会抄録特集号)と合わせてご覧ください。 なお、研修会の様子は、会員であればアーカイブ配信でご覧いただくことができます。 詳しくはお知らせ(講演会や研修会の講演等がVimeoを通じてご覧いただけます)をご覧ください。
●研修1
公衆衛生と疫学の考え方(小橋 元 先生)
●研修2
公衆衛生活動と食品衛生 特に微生物による食中毒について(伊藤 武 先生)
●研修3
ISO17025シリーズ第3回 各論2 微生物試験のラボ管理実践編② ~内部品質管理と技能試験〜 (諸藤 圭 先生)
研修1
公衆衛生と疫学の考え方
小橋 元
獨協医科大学 副学長 医学部公衆衛生学講座 教授
獨協医科大学 副学長 医学部公衆衛生学講座 教授
本講演「公衆衛生と疫学の考え方」では、小橋先生の大学時代のエピソードから始まり、医師という医療人の立場、教育者という大学教員の立場、双方の視点から「公衆衛生とは何か?」、「疫学とは何か?」について、ご自身のご経験を交えながら紹介されました。
1. 公衆衛生と疫学
私は、医学部1年生の時に、母親の辛い症状(おそらく今は当たり前の更年期症状と言われるもの)が、病院を何軒回っても診断を付けてもらえず、治してももらえなかったことを経験しました。それをきっかけに、東洋医学研究会で漢方の勉強を始めました。そこで先生から「そもそも漢方とは漢民族が幸せになる方法である」と教わり、そこから、「そもそもすべての科学・技術は人類を幸せにするための方法である」のだと気づきました。
では人類の幸せとは何でしょうか。学生時代からずっと考えていますが、最近は「すべてのことに感謝しながら利他の精神で生き、成長できること」なのではないかと思っています。医学部で「公衆衛生とは何か」を教える際に、私はまず「患者さんが医療者に見せる姿はあくまでも長い人生で経験し積み上げてきたことのごく一部に過ぎない」ことから、患者さんの背景にあるものを思いやり、想像する力こそが大切であり、その根底となる学問が衛生学や公衆衛生学であると話します。
公衆衛生とはまさしく「すべての人たちの健康、安全と安心をまもる社会の取り組み」ですが、もしかすると究極の公衆衛生は、「みんなが感謝や利他の精神を持ち続けていけるような社会を、みんなで作ること」なのかもしれません。
疫学は、公衆衛生を実践する基盤となる主要な学問の1つです。それは、「人間集団を対象として、その健康および健康障害の頻度と分布を明らかに(記述)し、関連する要因とその交絡状況を包括的に研究(分析)して、より良い社会、暮らしに還元する(介入・橋渡し)」学問と定義されます。
健康の大きな阻害要因である疾病は、病因、宿主、環境の各条件が絡み合うことにより発症すると考えられます。多くの疾病は「多因子疾患」であり、病気と原因は一対一に対応するのではなく、危険要因が複数存在します。疾病を予防するにはそれらの危険要因を除去することが大切です。
上述の疫学の役割を換言すれば、「疾病の危険要因を明らかにして、人々の暮らしや社会を健康で幸せにすること」になります。ですから、疫学はまさに公衆衛生の基礎科学であると言えます。
2. 疫学と統計の違い
疫学(適切な研究デザイン)と統計学(体系だった経験分析)は相互に補完しあう関係にあります。
例えば、ある地域の人々を対象とした研究で「塩分摂取と胃がんの因果関係」が示されたとしましょう。しかし、それでも「日本人すべてにおいてその関係が成り立つ」、「世界の人々すべてにおいてそれが成り立つ」とは言い切ることはできません。研究結果だけからではこの世のすべての「真実」を完全に知ることはもちろんできませんが、適切な方法で多くの人々の情報を集めて調べることで、この世の真実を推測しようというのが疫学研究です。すなわち、標本集団から母集団の姿を推測しようというわけです。
疫学研究は分かり易く言うと、「味見によって鍋全体の味を評価する」ようなものと言えます。この例えの場合、「母集団」は「鍋の中の料理」で、「標本集団」は「味見のために一部をすくったもの」と考えられます。鍋の中身をいかにして上手に取ってくるか(どの部分をどの様にサンプリングするか)、上手に取ってくることができたとすると、次はいかに客観的に味見をして評価するかを考えることが必要になります(疫学研究の場合は研究デザイン・調査方法ということになります)。
一方、統計学は、経験的に得られたバラツキのあるデータから、応用数学の手法を用いて数値上の性質や規則性あるいは不規則性を見出す学問です。疫学研究における統計学の役割は、研究で得られた1回の味見から上手に鍋の中身全体を「推測すること」になります。精度の良い推測を行うためには、いかにして複雑に起こる世の中の事象に適切な数理モデルを当てはめるか重要な鍵になります。
3. 疫学研究の段階
もしもきちんとしたデザインで研究を行えたとしても、どこまでのことが言えれば「根拠がある」と言えるのでしょうか。人々のためを考えると、できるだけ「根拠が確かな情報」を用いて公衆衛生を行いたいのです。疫学研究において「科学的根拠(エビデンス)のレベル」とは、「根拠の確からしさ」のことを言います。
疫学研究には研究方法によりエビデンスのレベルが異なり、研究の段階が進み、エビデンスレベルが高くなることで、現場に使える(社会実装が出来る)ようになります。具体的には、臨床経験、文献レビュー、質的研究から研究の仮説を生み出し、次に記述疫学研究、地域相関研究で、現状の見える化を行い、横断研究で疾病と危険要因の関連を提示し、コホート・症例対照研究、さらには介入研究へと進めることによって危険要因と疾病の因果関係をより確からしく示し、現場に届けられることになります。
例えば、横断研究で、乳がんと動物性脂肪摂取の関連が見られたとしても、それだけでは「動物性脂肪摂取が乳がんの危険要因である」と単純に判断することはできません。乳がんになったために何らかのメカニズムでその患者さん達が動物性脂肪を取りたくなったというような「逆の可能性(因果関係の逆転)」もあり得えるからです。横断研究の場合、曝露要因と疾病の有無、すなわち脂肪摂取と乳がんを「同時に」調べているため、因果関係まではわからないのです。
コホート研究は、最初の段階で疾病を持たない集団を曝露要因の有り・無しで分け、現在から未来へと時間をかけて疾病の発症を観察する研究です。この研究はたくさんの人々を長期間追いかけるわけですから、大きな労力と費用がかかります。また、稀な疾患、例えば5年間で1万人に1人が罹患するようなものの研究には不向きです。
一方、症例・対照研究は、現在すでに疾病に罹ってしまっている方々に対して、対照者を現在健康な方々から性・年齢などを合わせて選び、それぞれ「過去はどうだったのか?(過去の危険要因の曝露状況)」を調べる研究です。一般的にはコホート研究よりも労力や費用をかけずに行うことが出来ますが、昔のことを思い出してもらう形になりますので、人の記憶のあいまいさによる偏り(リコールバイアス)が起こりやすいという弱点もあります。しかし、稀な疾患の研究にも使えるため便利な方法ではあります。
疫学的因果関係の判断には、先に述べたコホート研究や症例・対照研究で明らかに出来る「関連の時間性」が必要条件ですが、さらに介入研究を行うことで「関連の特異性」(実際に要因を除去すると検出しづらくなる)、さらに因果関係を確からしく示すことが出来ます。
4. 疫学研究の目的
ときどき、「解析の方法がわからないんですけど・・・」、「多変量解析をしたいんですけど・・・」などという相談を受けることがあります。研究デザインによりどうしても生ずるバイアスは、要因の絡み合いにより生まれる交絡と異なり、研究データが得られた後に統計解析方法によって調整することはできません。
特に観察研究の場合は、起こり得るバイアスが結果を過大評価させるのか、過小評価させるのかを事前に考えて、研究デザイン上、適切な対応を取っておく必要があります。また、交絡要因の候補となるデータをあらかじめ収集していなければ、統計解析の段階で後から補正することはできないため、研究を始める前にデータ収集の体制を整備しておくことが重要となります。
私が、いつも学生達や教室員達に申し上げているのは、「何のために疫学研究をするのか?ということを考えてください」ということです。「データの1つ1つの数字の後ろ側には人々の暮らし、人生、生命があるということをイメージ・想像してみて下さい」「研究の成果は社会で困ってる人達を救います。待っている人達がいるのです」。
これはもちろん、疫学に限ったことではありません。すべての科学技術をもって、一人一人が一隅を照らすことこそ、これからの私達にとって必要なことだと思います。ぜひ人間に生まれた一人として、みんなで人類の幸せに貢献しましょう。
Q&A
Q1-1公衆衛生は人を育てる学問であると感じているが先生のお考えをお聞かせいただきたい
A1-1本日、私のお話で伝えたかったことは正におっしゃる通りです。ここで出会えていること、話題を共有できていること、勉強ができたり情報交換できるこの場を作っていただいていることに心から感謝したいです。その感謝と感動を伝えることが公衆衛生だと思っています。ぜひ公衆衛生の心を多くの方々に伝えていただけることを望んでいます。
Q1-2病気を見る場合、症状に加えて環境や生活習慣を見る必要があるとご説明いただいたが、具体的にはどんなものがあるのでしょうか?
A1-2研究面では、遺伝的要因と生活習慣と社会環境とを合わせて、さらに身体だけではなく心への影響も考え、人間を総合的に捉えることの重要性を説いています。臨床医を目指す学生達には、自分の経験を交えて話すようにしていますが、患者さんに一般的な問診だけではなく、今、どんな景色を見て、何を感じているのか、そんなことにも思いを馳せてみることも大切です。たとえば、患者さんはどんな経験をして育ち、今どんな気持ちで病院の玄関をくぐり、どんな気持ちで待合室で待っていたのかなと、考えてみることも良いことです。これは医療の場のみならずですね。
以上
研修2
公衆衛生活動と食品衛生 特に微生物による食中毒について
伊藤 武
一般財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター 学術顧問
一般財団法人東京顕微鏡院 食と環境の科学センター 学術顧問
食品衛生における公衆衛生活動とは地域社会の人々の食による健康被害を予防し、食の安全性を確保するための保健機関、農水機関、組織等による衛生活動である。 本講演では微生物による食中毒に関して国の機関、東京都において取り組んできた内容や演者が関与した活動について述べられた。
1. 食中毒の病因物質の解明
微生物による食中毒防止活動は、食中毒の原因究明がなされなければ予防対策などが推進できない。1952年頃の食中毒は化学性食中毒と自然毒食中毒が中心で、細菌性食中毒はサルモネラ属菌と黄色ブドウ球菌のみが報告され、不明食中毒が年間約1,100件であった。
その後1950年には藤野恒三郎教授により発見された腸炎ビブリオが国内の重要な食中毒菌であることが判明し、年間約500件の発生が見られた。それでも1960年代では不明食中毒が年間500件ほど認められ、当時の都立衛生研究所細菌部長であった善養寺 浩先生からは、原不明食中毒を解明することが指導された。
原因不明食中毒の解析を進めた結果、1963年にはウエルシュ菌、1975年には嘔吐型セレウス菌、1979年にはカンピロバクタ-の各食中毒の国内での発生を明らかにすることができた。また1984年には甲斐らにより腸管出血性大腸菌、1983年には同研究所ウイルス科の関根らがノロウイルス食中毒を明らかにした。
その結果1990年代では不明食中毒が年間100件以下となった(図1)。新たに発見した病原菌の細菌学的な解析や動物、食品などにおける分布なども明らかにされ、食中毒予防対策が積極的に推進されてきた。
2. 具体的な対策により減少してきた細菌性食中毒
講演では、法的規制や公的機関による指導や事業者の積極的な衛生対策により著しく減少してきた腸炎ビブリオ、サルモネラ(S.Enteritidis)、生牛肉やレバーの生食による腸管出血性大腸菌の各食中毒について解説が行われた。
① 腸炎ビブリオ食中毒
1974年に東京都食品衛生調査会において「ばか貝」と「むき身」を対象に、捕獲時から流通における衛生管理の調査と腸炎ビブリオの定量検査を実施した。魚介類の流通・保管はすべてに氷冷とすることを提言してたが都の指導基準にすぎず、広く活用されなかった。
2001年には旧厚生省により生食魚介類や加熱製品の腸炎ビブリオの規格基準の制定や保存温度等の衛生管理が定められ(表1)、事業者はそれに従った対策を実行してきた結果、年間500件以上の腸炎ビブリオ食中毒が2006年以降著しく減少し、現在では10件以下となり、食中毒対策に大きく貢献した(図2)。
② Salmonella Enteritidis(SE)食中毒
欧米では1980年代後半から鶏卵の内部(in egg)にSEが侵入し、鶏卵を原因とするサルモネラ食中毒が続発し、大きな社会問題となった。国内では1989年(平成元年)から鶏卵を原因食品とするSE食中毒が確認された。
養鶏場からの対策が必要であることから農水省は採卵養鶏場のSEフリーの鶏卵の生産に関する厳しい衛生管理やモニタリング試験など、農場HACCPの考え方による指導がなされてきた。厚労省は流通鶏卵の規格基準の制定や表示の見直し、GPセンターや鶏卵工場、飲食店等の衛生管理の充実などを指導(図3)してきた結果、2004年以降SE食中毒が減少し、現在では年間10件以下となった(図4)。
なお、(一財)東京顕微鏡院では1999年に「米国HACCP最新動向視察」を計画し、CDCなど国の機関やペンシルバニア州政府農務省などを視察した。特にペンシルバニア州ではPEQAPプログラムにより、農場でのSE対策としてのCCPなどを勉強した(表2)。参加した採卵養鶏場の担当者30名は鶏卵生産現場における具体的なSE対策を学ぶことができ、現場での活用が進められたと推察する。
③牛生肉やレバーによる腸管出血性大腸菌O157食中毒
牛が高率にO157を保有することから、農場からO157保有牛の減少対策が模索されていた。(一財)東京顕微鏡院は農水省のレギュラトリーサイエンスに参画し、飼育牛のO157保菌状況と排菌制御の野外実験を実施した。
農場管理獣医師協会の協力のもと、20農場、200頭の和牛を対象に調査を行った。O157は農場ごとに異なった遺伝子型のO157を保有していること、O157の排菌も継続的ではないことを明らかにした。家畜用の乳酸菌飲料等を継続的に投与し、排菌量を検査して、評価をしたが、排菌量が減少あるいは排菌しなくなる結果は得られなかった。
2011年4月に焼肉チェーン店で、ユッケなどより広域的な腸管出血性大腸菌O111とO157による食中毒が発生し、165名の患者が発生し、うち4名が死亡した。それまでにもユッケによるO157食中毒発生が認められていたことから、厚労省は国立医薬品食品研究所の五十君静信先生の協力を得て牛生肉の規格基準を制定した(表3)。また牛レバーの生食を禁止とし、必ず加熱して提供することとした。その結果、牛肉やレバーの生食による腸管出血性大腸菌食中毒は制御された。
3. 学校給食衛生管理基準の制定と学校給食による食中毒の発生状況
1996年(平成8年)は全国的にO157の大流行が発生し、旧厚生省は集団給食施設を対象に衛生管理マニュアルを制定した。同年には学校給食により7事例のO157食中毒(患者約9,700名、死者5名)の悲惨な食中毒が発生した。元文部省も大量調理施設衛生管理マニュアルに従い学校給食の衛生管理基準を制定した(表4)。
本マニュアルはHACCPの考え方が導入された最新の手引き書であった。演者は本基準策定や学校給食現場でのHACCPによる指導、手洗いや洗浄・消毒など6種類のマニュアル作成など学校給食の衛生管理の指導に関わられた。基準制定以前の食中毒発生は年間約14件であったものが、基準制定後は年間5件以内に制御できた(図5)。
食の安全確保、特に食中毒防止活動は産、官、学の連携が重要であると供に、飲食店や集団給食施設など科学的なデ-タ-に基づく現場での問題解決が重要な公衆衛生活動であろう。
Q&A
Q2-1従業員教育をどのようにしたら良いか?工場のラインで働く従業員には国籍の違い、年齢など幅広い人がいるため効果的なアドバイス方法を教えて頂きたい。
A2-1問題点を写真などで示し教育することが効果的と考えられる。
Q2-2食鳥処理場でのサルモネラ対処法はどのようにすればよいか。
A2-2Salmonella Enteritidisなどはin eggで起こるためなかなか難しいが、処理場でHACCPを導入することや二次汚染を起こさないように次亜塩素で洗うなどが挙げられる。
Q2-3サルモネラSE以外の血清型に対する減少の対策はあるか。
A2-3卵はSE、最近はSTも多くみられる。衛生管理の向上により対策として明確なものはないが減少傾向にある。また厚労省による報告では血清型まで明確になっていないものも多い。よって国の統計がより詳しくなればより他国との比較などの参考になる。
以上
研修3
ISO17025シリーズ第3回 各論2 微生物試験のラボ管理実践編②
~内部品質管理と技能試験〜
諸藤 圭
一般財団法人日本食品分析センター多摩研究所 微生物部微生物研究課 課長
一般財団法人日本食品分析センター多摩研究所 微生物部微生物研究課 課長
ISO/IEC 17025シリーズの第3回目となる今回の研修会では、ラボラトリの管理状態をモニタリングする活動である「内部品質管理」と「技能試験」を中心にお話をいただきました。
1. ISO/IEC 17025の要求事項と微生物ラボの要件
ISO/IEC 17025は、JIS Q 17025(試験所及び校正機関の能力に関する一般要求事項)としてJIS化されている国際規格であり、ラボラトリが適格な運営を行い、かつ、妥当な結果を出す能力があることを実証できるようにするための要求事項を含んでいます。
技術的内容のなかで精度管理に関する事項は、要求事項として示されている「7. プロセスに関する要求事項」の「7. 結果の妥当性確保」に示されています。妥当な結果を出す能力があるラボの要件としては以下のような事項があります。これらが管理状態にあることを総括的にモニタリングすることで、結果の信頼性確保につながります。
- 試験者の技術能力
- 施設及び環境条件
- 試験装置の適切性、校正、保守
- 測定結果のトレーサビリティ
- 試薬及び消耗品の購買・保管
- 試験方法の妥当性、実現能力の検証
- 試験品目のサンプリング、取扱い、輸送
- 技術的記録
- 測定の不確かさ
- 試験報告書
2. 試験結果の品質の確保とは
ISO/IEC 17025には具体的なことは示されていませんが、「7.7 結果の妥当性の確保」では、
① 結果の妥当性を監視するための手順を持つこと(内部品質管理による監視)
② 他のラボの結果との比較によってパフォーマンスを監視する、すなわち技能試験への参加、試験所間比較への参加
③ 監視活動のデータによるラボ活動の管理と改善
の3点を主に求めていると整理できます。
内部品質管理による監視では、真度と精度を決定するための手順を持ち、管理試料または繰返し試験を適当な頻度で実施する、その結果として合否判定の基準外であった場合には、是正処置を取ることになります。技能試験への定期的な参加では、ラボの“カタヨリ”を評価し、品質システム全体の有効性を確認します。
信頼性を保証するシステムとしては、内部品質管理と技能試験の手法を組み合わせて実施していくこととなります。試験結果の測定値(計数値)は、真値+系統誤差(真度)+偶然誤差(精度)から構成されます。系統誤差(真度)は“カタヨリ”、偶然誤差(精度)は“バラツキ”で、これらを合わせて「精確さ」と呼ばれます。
3. 内部品質管理のポイント
内部品質管理では、“カタヨリ”と“バラツキ”を管理することになります。測定値の“カタヨリ”と“バラツキ”を統計学的手法により評価・判定する方法としては、管理試料の試験(カタヨリを評価するための試験)と繰返し試験(二重分析…バラツキを評価するための試験)があり、この二つを組み合わせることで確認します。
内部品質管理に使用する管理試料の要件としては、
① 正確な菌数が把握できる
② 検体とマトリックスが類似
③ 微生物が試料内で安定
④ 微生物の分布が均一
⑤ 大量に試料を調達できる
⑥ 試料の保存性が高い
ことが必要となります。
微生物でも認証標準物質(CRM)は市販されていますが、日常管理で使用するには費用面でハードルが高いようです。管理試料を用いたIQCの特徴は、試験検査の全体工程の確認と結果の傾向解析による異常回避ですが、すべての検体の試験結果を保証している訳ではないことに留意する必要があります。
4. 技能試験のポイント
技能試験に参加する目的は、客観的にラボラトリの能力を評価することで、かつ継続的な能力の監視が求められています。技能試験で評価できる事項は、
① 試験法・試験手順の適切性
② 試験者の力量
③ 使用した機器の適切性
④ 使用した培地、試薬の適切性
⑤ 結果の採用に係る仕組みの適切性
⑥ 教育訓練の有効性
などであり、不良な結果から問題点を抽出することが必要となります。
5. 品質管理システムのまとめ
- 試験検査が適正に実施されたことの確認となる
- 担当者の技能評価(トレーニングの有効性確認)になる
- 試験結果の採用基準になる
- それぞれの手法の特徴を理解した上で、複数の手法を組み合わせ試験結果の信頼性を確保する
- 基準を逸脱した場合、試験管理上の問題点を把握して、修正処置をすることが重要
ただし、品質管理システムには限界があることを理解しておく必要があります。本システムは適切性を証明するための証拠の一つに過ぎず、突発的な異常を発見できない可能性があり、過信は禁物です。
信頼性を高めるためには、試験検査工程の安定化が不可欠であり、品質管理の唯一無二の方法は存在し得ません。このため、複数の方法を組み合わせて、出来得る限りの異常を発見できる仕組み、すなわち合理的で効果的な品質管理の仕組みを構築する必要があります。
Q&A
Q3-1管理用試料について、市販される食品の中で想定される具体的なものがあれば教えて頂きたい。ヨーグルトなどは使用できるか?
A3-1菌数が安定していればヨーグルトなども使用可能と考えられるが、乳酸菌は特有の性質があるため、これを管理試料とする場合、乳酸菌に対する挙動のみを確認することになることに注意が必要と考えられる。一般的には入手性や保存性を考慮し、芽胞菌がよく使用される。市販食品の場合、安定的に菌が存在しているものを見つけることは困難であろうと思われる。
Q3-2管理用試料を用いたIQCの実施頻度と管理用試料の最適な保管方法について教えていただきたい。
A3-2可能であれば毎日の実施が望ましい。それが難しい場合には、可能な範囲で実施するしかないと思われる。試験工程の異常を見つける活動であるため、試験工程が安定していれば、頻度を下げることができるかもしれない。菌数が安定的であることが求められるため、冷蔵あるいは冷凍で保管することが想定される。
以上