今回の定期通信では、2010年5月28日に中央区立日本橋公会堂で開催されました、平成22年度 第6回研修会の2つの講演の概要をご紹介いたします。
・ 講演Ⅰ:水産食品におけるヒスタミン生成菌の分布とその検出・同定法(高橋 肇 先生)
・ 講演Ⅱ:食品関連施設における微生物汚染対策の実際(新蔵 登喜男 先生)
平成22年度 研修会 講演Ⅰ
水産食品におけるヒスタミン生成菌の分布とその検出・同定法
高橋 肇
(東京海洋大学 海洋科学部 食品生産科学科 食品微生物学研究室)
ヒスタミン食中毒とは
食中毒はその原因により、細菌性、ウィルス性、化学性、アレルギー様、原虫性などに区別することができます。
アレルギー様食中毒は、ヒスタミンが蓄積した魚や加工食品を摂食することにより発症する食中毒で、1950年代初頭、日本各地で発生した赤身魚加工品による食中毒事件において、宮木ら(1954)が原因食品中からヒスタミンを検出し、このヒスタミンを本中毒の主因としてヒスタミン食中毒として名付けました。
平成20年度に発生したヒスタミンによる食中毒は20件程度ですが、飲食店や学校給食での発生が多いため、1件あたりの患者数が多く社会的にも注目を集めました。
ヒスタミン食中毒の特徴
原因食品を喫食し30~60分後に顔のほてり、頭痛、全身紅潮、蕁麻疹などのアレルギー様症状を引き起こしますが重症になることは少なく、6~10時間後には回復します。赤身魚の筋肉中に多く含まれる遊離ヒスチジンが細菌の持つヒスチジン脱炭酸酵素により分解され、ヒスタミンが生成され蓄積してしまうのが原因です。
またヒスタミンは加熱に影響されないため、焼き魚、フライ、缶詰などの加工食品においても発症する危険性があります。
ヒスタミン生成に関与する菌
スチジン脱炭酸酵素を持つ細菌として至的温度の違いにより、中温性ヒスタミン生成菌と低温性ヒスタミン生成菌に分けられます。前者の代表的な細菌は、Morganella morganii, Enterobacter aerogenes, Raoultella plantcola, 等の腸内細菌群、ビブリオ属の Photobacterium damselae です。後者の細菌は Photobacterium phosphoreum が報告されています。
ヒスタミンは菌数が定常期に達してから蓄積されるため、低温性ヒスタミン生成菌が存在した場合、冷蔵温度下での保管でも食中毒の危険性があります。また、細菌のヒスタミン生成能は低pHで誘導されるため、調味液での加工も注意が必要となります。
培養法によるヒスタミン生成菌の検出法
培養法は生化学的性状に基づき目的菌の同定を行う手法で、従来から用いられている手法です。ヒスタミン生成菌の検出は、サンプルをヒスチジンブロスで増菌培養後、ニーベン培地に接種し発育コロニーの色調で判定を行います。
しかし培地のpH上昇を指示薬で判断するため、夾雑菌による偽陽性、偽陰性が起こることが報告されています。また検出菌をヒスタミン生成菌と確定するためにはその菌の生成するヒスタミン自体をヒスタミン検出キットやHPLC法によって確認する必要があります。
PCR法によるヒスタミン生成菌の検出
PCR法は目的の菌が持つ特定の遺伝子を簡便且つ迅速に検出することが可能で、HACCP対応型の簡便迅速な方法として注目されています。ヒスタミン生成菌の検出は、ヒスタミン生成菌の持つヒスチジン脱炭酸遺伝子(hdc)を標的にしており、菌種によって異なる遺伝子の比較的相同性の高い部分にプライマーを設計することで複数種のヒスタミン生成菌を同じ反応条件で検出することに成功しています。
平成22年度 研修会 講演Ⅱ
食品関連施設における微生物汚染対策の実際
新蔵 登喜男
((有)食品環境研究センター)
食品の安全はフードチェーンで管理
食品の安全は生産から消費までのフードチェーン全体を通じた適切な管理によって始めて実現することができます。このことはフードチェーンに関わる全ての関係者が一丸となって努力することにより、食品の安全が確保できると言い換えることができます。
自社の製造工程のみの監視だけに留まらず、原材料、容器包装、運搬車など消費者のもとに到着するまでの過程において発生しうる危険性を管理しなければなりません。これらが有効に機能するためには組織間の相互コミュニケーションと、それぞれの食品安全の仕組みが適切に実行されていることが必須条件となります。
食品安全の国際標準HACCPシステム
HACCPは1960年代に米国で開発された、国際的に定評のある食品の安全性向上のための仕組みです。日本ではHACCP導入が義務化されていないこともあり、食品企業に普及しているとは言い難い状況です。
また、HACCPに限らず、一旦導入された管理手段は、原材料、製造方法、またはその他の工程でのハザード(危険因子)に対して影響を及ぼす可能性のある場合、常に見直す必要があります。
わが国での健康危害の状況
従来、食中毒の発生原因となっていた腸炎ビブリオやサルモネラ属菌などは平成10年をピークに減少し、最近では少量で食中毒を発生するカンピロバクターやノロウイルスが主流を占めるようになりました。
しかし、腸管出血性大腸菌やサルモネラ属菌による食中毒も散発していることからハザードとして従来通り留意しなければなりません。
一般衛生管理の重要性
食品従事者の手指や機械器具および作業環境から食品へハザードが汚染しないよう、できるだけ衛生的な取り組みに努めなければなりません。
カンピロバクターやノロウイルスも、原材料のハザードレベルの見極めと衛生的な取り扱い、人の衛生管理などを確実に実施することで食中毒の発生を抑えることができます。
HACCP構築の前提条件として、コーデックス委員会の提示する食品衛生の一般的原則には以下の8要件が挙げられます。
- 一次生産(原材料の生産)
- 食品の取り扱い管理
- 施設:保守管理及び衛生管理
- 食品従事者の衛生
- 食品の搬送
- 製品の情報及び消費者の意識
- 食品従事者の教育・訓練
この要件を基に食品関連施設の問題を検討すると対応策が整理しやすくなります。
食品関連企業施設の衛生管理状況
総務省統計センターの資料によると日本の食料品製造業全体が過去10年間で21%減少し、従業員200人以上の中堅企業がかろうじて現状維持の状態であることがわかります。最近の経済状況を考えると、生き残りをかけた厳しい要求に対応するために人材育成に投資できない中小零細企業も目にすることがあり、食品衛生の質の低下が強く懸念されます。
しかし、食品安全は安全な原材料管理や衛生的な環境維持と衛生的な食品の取り扱いにより構築されることを考えると、ハードではなく食品安全のソフト(教育含む)を如何に作り上げていくかが重要であり、関係者が一丸となって取り組むことが強く求められています。