平成21年5月1日に中央区立日本橋公会堂で開催された本協議会の第5回研修会でご講演をいただきました内容の概要をお届けします。
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第5回研修会 食品への微生物汚染の現状 -寄生虫と魚介類への腸炎ビブリオを考える-
【研修1】 腸炎ビブリオパンデミッククローン - 感染症の世界的大流行と
魚介類の検査
西渕 光昭 先生(京都大学 東南アジア研究所 教授)
腸炎ビブリオとその感染症の特徴
腸炎ビブリオとは1950年に大阪・堺市で発生したシラス食中毒の調査で発見されたグラム陰性桿菌で水温15℃以上の海水、汽水環境中に広く分布しています。疫学的には汚染された食品を十分に加熱調理せずに食べた場合に感染して、世界中の熱帯、温帯地域で感染症が報告されています。
特徴的な性状として神奈川現象と呼ばれる吾妻培地上での透明な溶血現象が挙げられます。この現象は耐熱性溶血毒(TDH)によるもので患者分離株に多く、環境分離株に少ないと言われています。
主な病原遺伝子としてtdh遺伝子(耐熱性溶血毒)とtrh遺伝子(TDH類似溶血毒)の2種があります。血清型別としてはO抗原とK抗原を持ちそれらの組み合わせによりおよそ90種類に分類できます。
パンデミッククローンによる感染症の世界的大流行
1996年2月以来インドでtdh+、trh-の遺伝子を保有した本菌でO3:K6血清型菌株による感染が急増し、日本でも海外旅行者から多数検出されました。
同時にヨーローッパ、南アメリカ、北アメリカ、アフリカでも同様に検出されたため世界的大流行クローン(パンデミッククローン)と命名されました。検出された腸炎ビブリオをAP-PCR法によるDNAフィンガープリントを行ったところ過去のO3:K6株とは明らかに違うパターンを示しました。
これらの菌を同定するために簡便な方法としてGS‐PCRの開発がされ、この方法で新型O3:K6株から派生した血清型の異なる変異株(O4:K68、O1:KUTなど)が東南アジアで出現していることが明らかになりました。
患者サンプルの検査
選択分離培地としてTCBS寒天培地またはクロモアガービブリオ等が挙げられます。その後の同定検査は生化学的性状検査と標的遺伝子又は病原遺伝子の検索を行います。パンデミッククローンの特徴としては、代表的な血清型がO3:K6、AP-PCRで同一のフィンガープリント、tdh+、GS‐PCR陽性が定義されています。
魚介類の検査
患者サンプルの検査法と同様ですが、必ずアルカリペプトン水または食塩ポリミキシンブイヨンで増菌培養を併用します。パンデミッククローンが国境を越えて伝播する経路として、輸入魚介類、船のバラスト水、渡り鳥、海流がありますが可能性の高いものは輸入魚介類といわれています。
実際にタイ南部でエビ、カニ、魚類、二枚貝からパンデミッククローンを検出するために免疫磁気ビーズ法で調査を行ったところ、二枚貝から検出されました。日本でも輸入二枚貝からパンデミック株の分離報告があり、国境を越えて伝播していることが証明されています。
腸炎ビブリオ感染症の予防について
我が国では魚介類を生食する習慣がありますが、2001年に制定された食品中の腸炎ビブリオに関する規格・指導基準が功を奏し本菌による感染症が減少しています。タイではアカガイを十分に加熱しないで食べる習慣があるため腸炎ビブリオ感染症が多発しています。
米国では牡蛎を生食するため、積極的に規格基準を定めています。インドネシア・バダン市周辺地域では伝統的に二枚貝を長時間調理してから食べる習慣があり、患者はほとんどみつかることがありません。WHO/FAOの合同食品規格計画において魚介類中の腸炎ビブリオのリスクアセスメントの作業が開始され規格の検討が行われています。
第5回研修会 食品への微生物汚染の現状 -寄生虫と魚介類への腸炎ビブリオを考える-
【研修2】 食品から感染する寄生虫の現状
内田 明彦 先生(麻布大学大学院環境保健学研究科寄生虫学研究室 (財)目黒寄生虫館元館長)
近年の寄生虫症
第二次世界大戦直後の我が国では寄生虫が蔓延していましたが、トイレの水洗化、下水処理施設の完備、衛生環境の改善、衛生知識などによりその数は激減しました。ところが最近寄生虫による感染症が増加傾向にあります。
その原因として、1つ目に開発途上国への海外旅行が挙げられます。これらの国は戦後の日本と衛生状態が似ているため、現地で生水、生野菜などを口にして感染するケースが多くみられます。また日本人は魚介類の生食を好むため、レストランのメニューに日本人用として刺身を載せている店もあります。ところが料理人には寄生虫の知識がないので、中間宿主である魚介類をそのまま提供し、客が感染するケースがあります。
2つ目に無農薬・有機栽培農産物の問題があります。加熱されていない人糞が肥料となっている、寄生虫汚染国からの農産物輸入増加、韓国産キムチの寄生虫汚染、家畜の屎尿による土壌汚染などがあります。
3つ目に動物の寄生虫がヒトへ感染するケースがあります。砂場の犬猫回虫、北海道でのキタキツネが中間宿主となるエキノコックス症、イルカやクジラに寄生するアニサキス症などが有名です。
4つ目は高度医療に伴う寄生虫感染があります。これは医学の進歩と共に免疫抑制剤などの使用で人工的に免疫不全症となり、寄生虫が原因の日和見感染症を発症するケースです。
寄生虫の感染
寄生虫の感染形態には食品、飲料水、媒介動物、性行為などがありますが、これらの感染源のうち我が国では食品から感染する寄生虫症が圧倒的に多く認められます。
輸入食料品の寄生虫汚染の実態
アメリカ、カナダではクリプトスポリジウムに汚染されたレタス、イチゴ、ラズベリー、りんごジュースを生食したことによる集団食中毒が発生しています。日本ではアニサキス幼虫が感染しているカンパチの稚魚を中国から輸入し100万匹を処分した事例があります。韓国ではキムチの原料となる中国から輸入した白菜が回虫卵に汚染されており問題となりました。
代表的な寄生虫症の実態
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回虫症
大形の線虫類でヒト、ブタ、犬、猫、アライグマ回虫などがあります。成虫は小腸に寄生して、感染は食物(主に野菜、レバ刺し)に付いた幼虫包蔵卵、幼虫が寄生した獣肉の摂取によって成立します。また動物の回虫が感染すると成虫になれずに幼虫移行症を引き起こします。(肝障害、脳障害など) -
顎口虫症
成虫はネコ、イノシシなどの胃に寄生しています。感染は中間宿主である雷魚、ヤマメ、イワナの生食によって成立し、幼虫移行症を引き起こします。(皮下の移動性腫瘍) - 旋毛線虫症
ホタルイカに寄生している旋毛線虫の幼虫を摂取して感染し、皮膚蛇行症を起こします。 - アニサキス症
成虫はクジラ、イルカの胃に寄生し、中間宿主がオキアミ、延長宿主が各種魚介類(サバ、タラ、ニシンなど)でこれらを食べることによって感染します。 -
横川吸虫症
成虫はヒト、イヌ、ネコ、ネズミなどの小腸に寄生する体長1mmほどの小さな吸虫で、我が国で一番感染者が多いと言われている寄生虫です。感染はアユやシラウオの生食によって起こりますが、8月以降のアユにはほぼ100%幼虫が寄生しているデータがあります。 -
肺吸虫症
ヒトに感染する肺吸虫はウエステルマン肺吸虫と宮崎肺吸虫です。感染はいずれの種もモクズガニ、サワガニなどの淡水産蟹の生食が原因となります。症状は肺結核と同じで食べた2ヶ月後には肺結核と見間違えるようなX線像が見られます。 - 肝蛭症
牛、ヤギの肝臓(胆管)に寄生し体長は5cmと大きく病害も重症です。ヒトへの感染は幼虫が寄生したクレソン、茗荷、セリを食べることによって起こります。 -
条虫症
日本海裂頭条虫、無鉤条虫、有鉤条虫などによって引き起こされます。日本海裂頭条虫、無鉤条虫は感染してもほとんど症状はなく、片節が排便の際に確認されて始めて感染に気づくことがあります。有鉤条虫は豚が中間宿主となる条虫ですが、上記の2つとは異なり人体有鉤条虫症と呼ばれる重篤な症状を起こすので我が国ではこの条虫が存在する国からの豚の生肉は輸入禁止の措置を取っているほどです。