定期通信 第12号

この聴講録は、平成23年11月30日に中央区立日本橋公会堂で開催した、「特定非営利活動法人 食の安全を確保するための微生物検査協議会 平成23年度研修会」での講演の内容を聴講録としてまとめたものです。

当日ご参加になれなかった会員の皆様、また、広く一般の方々に情報をご提供するために、定期通信としてホームページ上に掲載するものです。

平成23年度研修会 聴講録
「“生食用食肉をめぐる微生物危害とその防止
 -腸管出血性大腸菌、サルモネラ属菌と微生物基準としてのEnterobacteriaceae”」
- 目次 -

平成23年度研修会 聴講録 講演1
腸管出血性大腸菌O157およびNonO157による健康被害
伊藤 武 (麻布大学 客員教授)


病原大腸菌の分類はETEC、EHEC、EIEC、EAEC、EPECとあり、O157はEHEC:腸管出血性大腸菌(ベロ毒素産生性大腸菌)にあたる。腸管出血性大腸菌感染症の症状には軽度な胃腸炎症状、出血性腸炎、消化管合併症、HUS(溶血性尿毒素症候群)などがあり、食中毒の中ではボツリヌス中毒についで死亡率が高くなっている。腸管出血性大腸菌感染症の報告数は年間3500~4000件ほどあり、これらの患者の6-8割は食品の関与が考えられる。

O157は牛を感染源とした事例が多く認められ、牛肉への汚染は、解体過程で腸の内容物が枝肉に付着するなどの原因が考えられる。また、農場の堆肥や排水からの環境や野菜などへの汚染が起こる可能性が示唆されている。牛のO157保菌率は平成8年度で1.4%であったが、最近のデーターでは約10%となり、保菌率の著しい増加が認められている。また、腸管出血性大腸菌O157は環境中でも長期間生存することができる病原菌である。

2011年に発生したユッケ・焼肉による腸管出血性大腸菌O111食中毒は患者数165名、HUS 31名、死者数4名となった。これに関する問題点は重傷者・死亡者が多いこと、店側の衛生管理がずさんであったことである。生肉用食肉等の衛生基準として成分規格目標は糞便性大腸菌群、サルモネラ属菌は陰性であることとなっている。また腸管出血性大腸菌食中毒対策として、食肉のトリミング、加熱調理用食肉を生食用として販売しないことなどが厚労省から通知されている。しかし、生食用食肉を取り扱う施設を緊急監視したところ、約半数が適合しておらず、またその中の約9割が自主検査を実施せずに、成分規格目標の適合が確認されていなかった。生食肉の規格基準の概要は、肉塊の表面から深さ1cm以上の部分までを60℃2分間以上の加熱をする、腸内細菌科菌群が陰性、加工調理は専用の設備・器具を使い二次感染を起こさないようにする、従事者は専門の知識を習得すること、となっている。

食中毒を起こす腸管出血性大腸菌にはO157の他にO111、O26 、O104など様々な血清型が知られている。日本ではO157についでO26が多く、集団感染の8割は保育所で発生している。O111 は1986年から数年おきに集団感染が発生しており、やはり保育所が発生場所として多くなっている。

食肉やレバーの生食の危険性については、法規制、飲食経営者への啓発、消費者対策、マスコミ対策(生食を奨励しない、危険性の啓発)が必要であると考えられる。


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平成23年度研修会 聴講録 講演2
生食用食肉(牛肉)における腸管出血性大腸菌
及びサルモネラ属菌のリスク評価
豊福 肇 (国立保健医療科学院 国際協力研究部)


本年発生した食肉の生食を原因とした腸管出血性大腸菌の食中毒事件を受け、厚生労働省は生食用食肉の規格基準を設定することとし、食品安全委員会にリスク評価を依頼した。

食品安全委員会では厚生労働省からの資料等を用いて生食用食肉に関する規格基準に係る食品健康影響評価について調査審議を行った。

食品安全委員会は、過去の資料で示されている生食肉に起因する.食中毒の患者数を現状が約190人であり、この患者数を0人にすることを目標とした(ALOP)。このALOPを管理や検査が容易になる食品中の微生物濃度で「食べるときの微生物汚染」の目標菌数である摂取時安全目標値(FSO)に変換し、FSOを設定するとともに、「喫食時」に検査を行うことは困難なので、FSOを達成するために「加工した時の微生物汚染の目標菌数:達成目標値(PO)を決定した。FSOは、腸管出血性大腸菌及びサルモネラ属菌の最小喫食発症事例の菌数、牛肉の汚染実態、喫食実態等の資料から0.014cfu/gと決定した。このFSOから二次汚染や増殖などの要因を考慮して加工直後のPOをFSOの1/10と設定した(=0.0014cfu/g)。このPOを満たしていることを微生物検査と加工基準(牛肉表面から1cm以上の深さを60℃、2分間以上の加熱)で確認しようというスキームである。そしてPOの達成を確認するための生食用食肉の成分規格の検査対象微生物はEnterobacteriaceaeとした。Enterobacteriaceaeの存在比率が腸管出血性大腸菌と比べて1/100と考え、POを達成することを確認するサンプリングプランから、一つの枝肉につき、1検体25gで25検体を検査してEnterobacteriaceae陰性を成分規格として設定した。そしてこの「微生物規格」と「加工基準」をセットで管理を実施していくことが定められた。

しかし、規格基準を満たした生食用牛肉の安全性について、100%の安全性を担保するものではなく牛肉の生食は基本的には避けるべきと啓発することが必要とされ、特に子供や高齢者をはじめとした抵抗力の弱い方の生や加熱不十分な食肉、内臓肉などの喫食は注意が必要と考えられる。

今回の厚生労働省から示された規格基準では、牛レバーなどの内臓肉や鶏肉は対象となっておらず、これらの肉の生食によるリスクについても、今後詳細に検討することにしている。


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平成23年度研修会 聴講録 講演3
生食肉の基準に取り上げられた
Enterobacteriaceae(腸内細菌科菌群)試験法
-その背景と試験法解説―
五十君 靜信 (国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部)

1. 食品の微生物試験法を取り巻く国際情勢

現在、新たな規格基準を設定する際には、WTOのSPS協定を考慮しなくてはならず、食品安全に関わる施策を新たに実行しようとする時には、“国際的にオーソライズされた機関”つまりコーデックス委員会が示す微生物リスク評価の原則に従ってリスク評価を行い、微生物規準に関する文書に沿って設定しなければならない。コーデックス委員会では、Food Safety Objectives(FSO:摂取時安全目標値)、Performance Objectives(PO:達成目標値)、Performance Criteria(PC:達成基準)などの数的指標Metricsの導入を示しており、微生物学的リスク評価を用いた食品中の数的指標と公衆衛生指標(リスク、ALOP)との関連付けが望ましいとしている。また微生物学的基準における試験法としてはISO法をスタンダードとしている。

2. 標準試験法とは

食品衛生の目的で用いる試験法として基準となる試験法で、他の試験法を評価するための基準となる参照法である。また国際的な試験法と妥当性確認が行われていること、その妥当性が多くの専門家により科学的な根拠で確認されていること、試験者、試験所が変わっても同様な試験結果が得られることを検証していることが必要である。つまり標準試験法とはコーデックスで求める妥当性確認された試験法と言うことができる。食品における微生物試験の種類には、①サーベイランス、②工程管理などのモニタリング、③コンプライアンスのためなどがあり、目的に応じて最も適した試験法を選ぶ必要がある。

3. 国内の標準試験法の開発状況

国内の標準試験法は、「食品からの微生物標準試験法検討委員会」で開発されている。標準試験法は原則として培養法を基準としており、国際的に認められた試験法との互換性を考慮すること、プロトコルは公開により広く意見を求めること、4つのステージごとの手順に従って作成することなどを方針としている。

4. 牛生食肉の規格基準と試験法

2011年4月下旬、富山県、福井県、神奈川県などで、ユッケを原因食品とする腸管出血性大腸菌O111による広域集団食中毒事件が発生し、5名が死亡した。この事件を受け、厚生労働省では極めて迅速に規格基準設定を進める必要があったことから、厚生労働省は死亡者を無くすレベルの菌数管理を想定し規格基準案を提案し、食品安全委員会がリスク評価を行った。今回、厚生労働省のリスク推定では、生食用牛肉における腸管出血性大腸菌とサルモネラ属菌を対象とし、年間の死者数が1人未満となるレベルの微生物制御レベルを目標値として規格基準案を提案した。食品安全委員会では厚生労働省からの諮問について、設定した対象微生物並びに食品種の正当性を確認し、新たに当該食品と当該微生物による患者数を指標としてリスク評価を行った。

今回の生食用牛肉の規格基準においては工程管理を行うことの可能な最も上流で加熱により微生物の汚染レベルを下げる管理措置が設定されている。達成目標値は、リスク評価の結果を受け、細菌の菌数を4対数個以上低下させることとしている。すなわち飲食店でスライスする際に二次汚染や温度管理の不備による増殖が起こることを想定しその分も考慮に入れて設定している。これを達成するための達成基準が牛肉の塊の表面から10mm地点で60℃2分以上保持する加熱を行うというものである。このような加工が正しく行われたかを検証する微生物学的基準は、腸内細菌科菌群を指標として、25gずつ25検体を調べ全ての検体から検出されない必要がある。衛生指標として腸内細菌科菌群を採用した背景には、①ISO試験法として国際的に実績のある試験法である、②コーデックスの乳児用調整粉乳の微生物基準に既に採用されている、③食肉では、糞便汚染として利用可能である、④糞便汚染指標に加え、対象となる2つの病原体の検出も可能である、⑤将来的に遺伝子学的試験法にも対応可能であることが挙げられる。しかし、国内での試験実績は少ないため試験法普及のための研修会等が必要である。なお本規格では腸内細菌科菌群を、示された方法に従って試験を行う時にバイオレットレッド胆汁ブドウ糖寒天培地上に特徴的な集落を形成し、ブドウ糖を発酵し、オキシターゼ反応陰性の微生物と定義している。


(更新:2012.4.12)

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