定期通信 第36号では、2017年11月29日午後、中央区立日本橋公会堂で開催されました平成29年度研修会にて、ご講演をいただきました2名の先生のお話を簡単にまとめたものを掲載させていただきます。
【 研修Ⅰ】 大量調理施設衛生管理マニュアルにおけるノロウイルス検査 (野田 衛 先生)
【 研修Ⅱ 】 東京都におけるノロウイルス事例 (貞升 健志 先生)
研修Ⅰ
大量調理施設衛生管理マニュアルにおけるノロウイルス検査
野田 衛 (国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部 第四室長)
1. ノロウイルス感染症、食中毒発生状況
ノロウイルス食中毒は主に冬季に発生頻度が高く、近年はノロウイルスに感染した調理従事者などからの二次汚染を受けた食品を原因とする事例が多い。特に、症状が出ていない不顕性感染者(軽症感染者)から汚染を受けた食品を原因とする事例が多発している。
検出されるノロウイルスの遺伝子型は過去20年はGⅡ.4が主流を占めていたが、近年この傾向に変化が認められ2000年以前の傾向に戻ってきていることが伺える。
食中毒事件の原因究明において食品からノロウイルスを検出、特定することは困難であり、疫学調査などから明らかになる事例もあるが不明となる例も多い。
今シーズンは、感染性胃腸炎の報告数の増加が緩やかであるものの夏季にも発生が認められたことが特徴的であった。
2. ノロウイルスの検査法
ノロウイルスの検査を検査材料別に見ると、患者便、嘔吐物などの臨床検体、施設環境等のふき取りなどの環境検体、食品検体に大別される。環境や食品のノロウイルス汚染量は少量であることから検出感度が高い遺伝子検査で行われている。一方、臨床検体のウイルス量は大量であることから遺伝子検査と共に、イムノクロマト法やELISA法などの抗原検査などで行われている。現在、食品を対象としたノロウイルス検査法としては、リアルタイムPCR法などの遺伝子検査法が通知法として示されている。
3. 大量調理施設衛生管理マニュアルとその改正
2017年6月16日に「大量調理施設衛生管理マニュアル」が一部改正された。今回の改正のポイントとしては、2016年に発生した「きゅうりのゆかり和えによるO157食中毒事件」や2017年に発生した「キザミのりによるノロウイルス食中毒事件」への対応を加味した内容、すなわち腸管出血性大腸菌食中毒やノロウイルス食中毒の対策強化が主な目的となっている。具体的には、原材料等の管理、従事者等の健康管理、衛生管理体制などが強化された内容である。
4. 大量調理施設衛生管理マニュアルにおけるノロウイルス検査
大量調理施設衛生管理マニュアルにおけるノロウイルス検査には、①調理従事者等に下痢、嘔吐などの症状があった場合に医療機関で行われる診断のための検査、②従業員の定期検便検査、③発症者と同一の感染機会があった可能性がある調理従事者などの検便検査、④感染者の職場復帰の目安のための検便検3査、がある。医療機関で行われる検査では、イムノクロマト法やELISA法などの抗原検出法で行われることが多く、迅速かつ簡便という利点がある一方、検出感度が低い、遺伝子型による検出感度が異なることなどが短所として挙げられる。従業員の定期検便検査や感染者の職場復帰のための検便検査では、ノロウイルス保有の有無の検査であることから、各種の試験研究用検査キット(BLEIA法など)や通知法(RT-リアルタイムPCR法)などに基づく検査が行われている。
本マニュアルの改正では、「ノロウイルスの検査に当たっては、遺伝子型によらず、概ね便1g当たり105オーダーのノロウイルスを検出できる検査法を用いることが望ましい」とされた。さらに検出感度の問題から糞便検査で陰性と判定されても必ずしもウイルスを保有していないことを意味しないことから、「ただし、検査結果が陰性であっても検査感度によりノロウイルスを保有している可能性を踏まえた衛生管理が必要である。」と、衛生管理の徹底の必要性が記載されている。
5. 刻み海苔によるノロウイルス食中毒事件
最近のノロウイルス食中毒事件として、和歌山県御坊市、東京都立川市、東京都小平市の学校で発生した刻み海苔が関連する食中毒事件について紹介された。当初、海苔が食中毒の原因食品として想定されなかったこともあり、社会的関心も高く、多くの報道がなされた。一方で、今回の刻み海苔の食中毒事件では、ノロウイルスの乾燥状態での生存性、密封した乾物の落とし穴、調理従事者の原因食品の喫食の問題、原材料管理の重要性、など食中毒調査や発生防止対策などの面から教訓を与える事例であった
研修2
東京都におけるノロウイルス事例
貞升 健志 (東京都健康安全研究センター 微生物部長)
過去5年間における東京都の食中毒事例はノロウイルスがもっとも多く、次いでカンピロバクター、アニサキスと続いている。ノロウイルス食中毒事例の原因食品は飲食店での従業員を介しての感染が7割、次に食品となるが食品のなかではカキ関連が最も多い。患者数としては従事者を介した感染が8割強となる。また拭き取り・食品からのノロウイルス検査の結果では拭き取りでは事例数に対して約25%の陽性率となった。
ノロウイルスの検査は主に遺伝子検査の手法が用いられている。検体よりウイルス核酸(RNA)を抽出後、リアルタイムPCR法によりノロウイルスの遺伝子群GⅠまたはGⅡの検出により陽性・陰性を判定し、陽性と判断したものは次に塩基配列(シーケンス)解析により遺伝子型の決定を行う。GⅠ遺伝子群は9つの遺伝子型を持ち、GⅡ遺伝子群は22種類の遺伝子型を持つ。2015年、東京都で検出されたノロウイルス遺伝子群はGⅡが69%と圧倒的に多く、GⅠが11%、GⅠGⅡ両方を持ったものが20%であった。
2016年1月~2017年3月のノロウイルス遺伝子型検出状況は2016年1月からしばらくはGⅡ17型が一番多く検出されていたが、11月からはGⅡ2型が流行し始め一番多くの割合を占めていたが、2017年2月からはまたGⅡ17型が約半数の割合で検出し始めている。
ここで今年2月に起きた刻み海苔による食中毒事例と他の大規模食中毒事例について考えてみる。今まで起きた学校給食で提供された食品による大規模食中毒ノロウイルス事例ではパンに起因するものがほとんどであった。しかし2月に起きた学校給食での大規模食中毒は親子丼にのっていた刻み海苔が原因であった。
原因食品を確定するに至った経緯と検査過程は下記の通りである。
まず、学校給食を食べた複数の学校の児童20人が次の日に嘔吐、下痢の症状で近隣の病院を受診した。そこで病院の医師から学校給食による食中毒の疑いがあると保健所に連絡が入った。約1時間後に保健所長が病院に立ち寄り、さらに10人が受診している旨を聞き調査を開始した。
約30分後に学校給食担当者と連絡が取れ、該当している小学校はBブロック校であり、それに含まれる6校の児童30名に症状が出ているという情報が入った。4時間後に保健所が給食センターに立ち入り調査を開始した。Aブロックでも同じものを数日前に喫食しているが患者はいなかった。立ち入り調査の結果、大規模調理衛生マニュアルを準拠し、衛生管理は万全であった。
検査の結果、患者からはノロウイルスGⅡ17陽性、従業員90検体、拭き取り41検体、検食(刻み海苔2検体含む)52検体は全てノロウイルス陰性であった。ノロウイルスの場合、前述の通り従業者を介した感染が7割を占めるが、従業員は陰性であった。
ここでオッズ比から親子丼の可能性が推定された。刻み海苔同一ロット未開封品15袋を検査したところ15袋中4袋(26.7%)で同じ型のノロウイルスが陽性であった。食品からの検出は難しいとされているが15袋という検体数があったからこそ検出できたといえる。
今回の事例でノロウイルスが以前より乾燥状態に強いとは言われていたが、2か月間乾燥下にあり、かつ感染性が失われなかったことが他の大規模食中毒事例と大きく異なる点である。医療機関、保健所、検査所の迅速な対応と連携、調理施設の大量調理施設衛生管理マニュアルの遵守、高感度の検査法の適用により原因食の特定に至ることが出来た。
今後も都内におけるノロウイルス遺伝子型のモニタリングの継続と連携が重要である。