定期通信 第31号

定期通信 第31号では、本協議会の理事である諸角聖先生に「食品の水分活性とカビの生育」をご執筆いただきました。 是非、ご一読ください。

食品の水分活性とカビの生育
諸角 聖 (特定非営利活動法人食の安全を確保するための微生物検査協議会 理事)


カビや酵母の生育には細菌と同様に栄養分,水分,温度,酸素,pHなどの因子が大きく影響します。しかし、カビ・酵母と細菌との間では栄養要求,生育に要する水分活性,酸素要求などで相違がみられ、これらが食品上でどちらが優勢となるかを決定づける要因となっています。また、食品を取り巻く種々の環境因子のなかで、水分は微生物の生育に及ぼす影響の最も大きい因子であり、食品の乾燥保存は最も簡単で効果的な方法として古来より活用されています。

ここでは、カビの種類とそれらが生育可能な水分活性域について述べるとともに、カビや酵母がどのようなメカニズムで乾燥や高浸透圧に適合しているのかについて概説してみたい。

1.カビの生育と水分活性

カビは細菌に比べ低い水分活性で生育可能な菌種も多く、EurotiumWallemiaAspergillus restrictusなどの好乾性(高稠性)カビと呼ばれるやや乾燥した条件を好むカビは0.7(相対湿度70%)付近まで、Zygosaccharomyces rouxiiなどの耐浸透圧性酵母は0.65(相対湿度65%)付近の低い水分活性においても生育可能であることが報告されています。

したがって、乾燥食品や菓子類のような低水分活性の食品では好乾性のカビや耐浸透圧性酵母が主な危害菌となり、製品の水分活性が0.80以上になればAspergillus,Penicilliumなどの中湿性のカビやCladosporiumの一部の菌種も生育可能になるなど、水分活性が高くなるほど生育可能なカビも増えてきます。さらに,0.90以上の高い水分活性の食品では湿った環境を好む好湿性のカビや細菌の生育にも注意を払う必要が生じてきます(表1)。

この傾向はカビ発生がクレーム原因となった食品の原因物質調査結果においても認められており、原因となったカビ・酵母の種類と苦情食品の水分活性との間に高い相関性のあることが示されています。

カビの生育可能な水分活性の範囲は一定でな、,食品の成分、温度、pHなどに影響されるため、これらの条件を組合せることによりカビの生育を抑制することも可能です。特に、温度と水分活性の組み合わせとマイコトキシン産生カビの生育との関係については詳細な検討が行われており、カビは25℃前後において最も広い水分活性域で生育可能となり、温度の上昇あるいは低下に伴い生育可能な水分活性の範囲が狭まることが明らかにされています(図1)。

また、カビの生育できない低い水分活性値の食品であっても、内部の水分分布に偏りが生じたり、周囲の温度変化にともなって結露が生じた場合には、その部分にカビが発生するため流通・保管時の温度変化などにも注意が必要です。

2.乾燥・高浸透圧ストレスに対するカビ・酵母の応答

細胞成分の中で、水は特に重要な働きをしています。水は物質の運搬係として働くばかりでなく、細胞内で行われるほとんどの化学反応が水の中で行われるため、水がないと生育はおろか生存することさえできません。

カビ・酵母や細菌がその細胞自体の水分活性値(または相対湿度)より低い食品や環境中におかれると、細胞内の自由水は周囲の水分活性と平衡状態の水蒸気圧に達するまで減少し、同時にNa+、K+などの無機イオンも漏出してしまいます。

その結果、水分不足により細胞内の物質が濃縮され、イオンバランスにも乱れが生じるため輸送や化学反応を行うことができなくなり、その生育は停止してしまいます。反対に、食品の水分活性が高ければ細胞外の水分を取り込めるため生育することができます。

カビが細菌より低い水分活性条件で生育可能な理由の一つとして、多くの細菌菌体の水分が約80%程度であるのに対し、カビの場合は細胞成分の60%程度の低い水分含量であることがあげられます。さらに、この違いを水分活性でみてみると、多くの細菌の水分活性が0.90付近であるのに対し、好乾性のカビは細胞中にグリセロールなどを高濃度に含んでいるため細胞内の水分活性値は0.65~0.70程度の低い値となっており、好湿性のカビでも0.80~0.90程度と、カビの細胞内の水分活性は細菌に比べてかなり低い値であることがわかっています。この差が両者の発育可能な水分活性域を決める重要な要因となっています。
とはいえ、好乾菌といえどもその生育に最適な水分活性は0.95付近であることが知られています(表2)。

では、これらのカビが乾燥ストレスにさらされた時に、どのように対応し、生存・生育していくのでしょうか?
乾燥ストレスに対する酵母の適合反応の概略を図2に示しました。外部からの刺激は細胞表面の浸透圧センサーレギュレーターで感知され、シグナル伝達系により転写因子が活性化されます。その結果、グリセロール関連遺伝子の働きによりグリセロール-3リン酸デヒドロゲナーゼなどの酵素が生成され、グルコースの代謝経路がエネルギー代謝経路からHigh Osmolarity Glycerol Pasway(HOG経路)に移行し、グリセロールが生成されます。すなわち、菌体周囲の水分活性に応じて菌体内にグリセロールを蓄積することで細胞内部の水分活性を調整し、乾燥や高浸透圧に対応しているのです。なお、ここではふれませんが細胞内の水分活性値は菌の耐熱性にも大きく関わっています。

おわりに

食品の組織や風味などの保持を考慮すると、汚染したカビを一つの手段だけで制御することは困難といえます。すでに述べた水分活性の調整だけでなく、食品加工時の加熱殺菌をはじめ、保管・流通温度、pHの調整や保存料の添加など,カビの生存性や生育に対して影響を及ぼす種々の要素を複合的に組み合わせることにより、食品の保存効果を総合的に高めることがカビの発生防止に有効な方法と考えられます。

また、付着しているカビ数が多いとその食品に生育可能なカビも多く含まれることになり、その危害を防止するには当然高いハードルが要求されることから製造時の厳重な微生物汚染防止対策が求められることは言うまでもありません。

(更新:2016.10.15)

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