定期通信 第33号

定期通信 第33号では、本協議会の理事である尾上洋一先生に「アニサキス食中毒の発生状況について」をご執筆いただきました。 是非ご一読ください。

アニサキス食中毒の発生状況について
尾上 洋一 (特定非営利活動法人 食の安全を確保するための微生物検査協議会 理事)


アニサキス幼虫はサバ、イワシ、カツオ、サケ、イカ、アジなどの魚介類に寄生し、これらの魚介類が死亡すると内臓から筋肉に移行する。ヒトに摂食されたアニサキス幼虫は胃壁や腸壁に刺入してアニサキス症を発症する。急性胃アニサキス症は食後2~8時間後のみぞおちの激しい痛み、悪心、嘔吐の症状を示し、急性腸アニサキス症は食後10時間以降に激しい下腹部痛、腹膜炎症状を呈するとされる。

1999年の食品衛生法施行規則の一部改正に伴う食中毒統計作成要領の改正により、原虫及び寄生虫による飲食に起因する健康被害についても食中毒としての取扱いがなされ、クリプトスポリジウム、サイクロスポラとともにアニサキスが例示された。さらに、2012年12月にはクドア、サルコシスティスとともに食中毒事件票の病因物質の種別の27項目のひとつとして新たに追加された。これに基づき2013年1月、日本医師会長は都道府県医師会長宛に「患者を診察した医師から保健所への届出により発生状況が明らかになるものである」として、本件の会員への周知を依頼している。

2014年5月、厚生労働省は、アニサキス食中毒が2011年の32件に対して、2012年65件、2013年89件と増加傾向を示したことから、「アニサキス線虫による食中毒予防の注意喚起について」の事務連絡を各都道府県等に出している。このなかで、アニサキスによる食中毒の予防方法として、新鮮な魚を購入して速やかに内臓を取り除くこと、内臓を生で食べないこと、死滅のための加熱処理(60℃、数秒)や冷凍(-20℃、24時間以上)処理、目視によるアニサキス幼虫の除去を提示している。

今回、2015年以降のアニサキス食中毒の発生状況を主として集計し、月別の発生状況、原因魚種および発生地域について明らかにした。

アニサキス食中毒発生状況

アニサキス食中毒の2011年から2016年にかけての事件数推移を1に示した。2012年に続き、2013、2014年以降も70~80件台の事件数を記録しており、さらに2015年以降は100件を超え、その増加傾向が顕著である。2011~2016年の6年間の合計では、事件数516件、患者数532名となり、1事件あたりの患者数は1.03人であった。

表1 年次別アニサキス食中毒発生状況

食中毒事件数が100件を超えた2015、2016年における月別の事件数を2に示した。9月が最も多く、その事件数の多さは9月以降、10月から12月においても継続している。また、2、3月と6、7月にも発生のピークが認められ、7月は第2位の発生事件数を示している。

表2 2015~2016年における月別アニサキス食中毒発生事件数

一方、先の厚生労働省事務連絡通知に添付の厚生労働省ホームページに示された過去3年間(2011~2013)のアニサキスによる食中毒届出患者数(月別)から集計した結果は3のようであった。9月、10月に最大のピークがあるものの7月は最小値であり、2015~2016年の発生状況と大きく異なっている。

表3 2011~2013年における月別アニサキス食中毒発生事件数

アニサキス食中毒に関わる魚介類種

アニサキス発生件数が100件台となった2015~2016年における原因魚介類種を、厚生労働省の食中毒統計原因食品欄から抽出、集計し4に示した。各事件報告の原因食品欄には1事例ごとに原因と推定される魚介類種が複数報告されている例が多い。このため集計にあたっては1事例に関わる魚種は複数集計されている。

表4 原因魚介類種が推定されたアニサキス食中毒発生事件数

この2年間のアニサキス食中毒の原因魚介類種としては、サバが最も多く69事例が報告され、ついでサンマ、アジの順であった。アニサキスはクジラなどの海産哺乳類の胃に寄生する成虫によって生み出された虫卵が、糞便とともに海中に放出され、孵化幼虫となり、オキアミなどの甲殻類に捕食されて発育し、このオキアミがイワシ、タラ、サバ、サケやイカに摂食されると新しい宿主の体内で幼虫のままとどまって寄生を続けるとされている。

アニサキスは加熱、冷凍処理で死滅することから食中毒統計における食中毒原因魚介類種は生態系におけるアニサキスの存在率そのものとは一致せず、感染のリスクは摂食時の食品の加工処理形態に左右される。集計においてはイカによる事例は少なく、魚類ではサバによるアニサキス食中毒事例が最も多かった。このため、次にサバにおける月別の発生事例を集計し5に示した。この結果、2015~2016年における7月のアニサキス食中毒事件数の上昇にサバが関与していることが伺えた。

表5 サバが関わったと推定される月別アニサキス食中毒発生事件数とサバ類の月別漁獲量比較

表5下段には農林水産省産地水産物流通調査(2009)から引用したサバ類の月別漁獲量を示した。古いデータではあるが、サバ類の漁獲量は毎年9月から1月にかけて多い傾向にあると推察される。一方、2015~2016年のアニサキス食中毒発生状況ではサバの漁獲量の少ないであろう7月にも食中毒発生が見られることから、サバ類の漁獲、消費量とアニサキス食中毒の発生との強い関連は認められないと考えられ、今後はアニサキスの生態との関連にも考慮が必要であろう。

アニサキス食中毒の地域性

2015および2016年に発生したアニサキス食中毒の地域別発生場所状況を6に示した。神奈川県が最も多く、この2年間で40件の発生が見られ、次いで東京都、佐賀、福岡、愛知県でありこれらの都県では2年間に2桁台のアニサキス食中毒が発生している。

表6 地域別アニサキス食中毒発生状況

アニサキスのヒトへの感染はAnisakis Type Ⅰ(A.simplex)、Anisakis Type Ⅱ、Pseudoterranova  spp.とされている。Suzukiら(2010)はマサバを調べ、Anisakis Type Ⅰの寄生は日本海沿岸よりも太平洋沿岸では12倍高かったと報告している。  

アニサキス食中毒の発生場所は東京都、神奈川、愛知県の発生が多いものの、日本海沿岸の福岡、佐賀県における発生も多くあり、太平洋沿岸への発生の偏在は伺えなかった。

アニサキス食中毒は年間100件以上が報告されるようになったが、その増加要因は2012年12月の食品衛生法施行規則の一部改正による食中毒事件票へのアニサキスの追加、診断技術の高度化、生鮮魚介類の流通方法の近代化、生態系の変化など様々の要因が推測される。医療機関レセプトからのわが国の症例数推計値では7,000件との推計値もあり、今後のデータの集積による増加要因の解明とそれを踏まえた予防対策が望まれる。

(更新:2017.4.19)

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