第26号の定期通信は、2015年6月3日に中央区立日本橋公会堂で開催されました、平成27年度講演会の聴講録をお届けします。今回の講演会は「異物」をメインテーマに据え、検査法と発生後の対応について、それぞれをご専門とされているお二人の先生にご講演をいただきました。さらに、新たな検査方法が提示されたリステリアについて試験法の解説をしていただきました。合計3名の先生の講演内容をまとめてあります。
会誌「食の安全と微生物検査」第5巻第1号には3つの講演の抄録とスライドハンドアウト、関係資料などが収載されています。お持ちでない方は、こちらから会誌を入手していただきまして、ご覧いただきますとよくお分かりいただけるかと思います。
なお、会員の方には全ての会誌を無料でお届けしております。これからご入会の方にも6月3日に配付した第5巻第1号及び第2号(検査マニュアル「食品からの定量法(集落計数法)によるウェルシュ菌試験法」)をお届けいたします。
この機会に是非ともご入会をご検討ください。⇒入会の案内はこちらから
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講演1:リステリアの新しい基準の検査とその試験法について
五十君 靜信(国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部長) -
講演2:食品事業者のためのクレーム対策に役立つ異物検査 ~分析手法と事例の紹介~
冨田 早由(一般財団法人日本食品分析センター 彩都研究所 試験研究部 分析化学課) -
講演3:食品事業者のための異物混入苦情の動向と再発防止対策の再検討~SNS対応時代を迎えて~
佐藤 邦裕(公益社団法人 日本食品衛生協会 技術参与)
講演1
リステリアの新しい基準の検査とその試験法について
五十君 靜信 (国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部長)
1.各国のリステリアの管理体制について
規制する対象となる食品は各国とも「非加熱喫食食品」いわゆる「ready-to-eat食品」。
①アメリカ
致死率の高い感染症で集団発生もたびたび経験し、設定した目標値を達成できなかったこと。また、リステリアの低温増殖性のために食品流通時の増殖により摂取直前の最終的な菌数を担保できないことなどから、アメリカでは「食品中から検出してはならない」となっている。
②ヨーロッパ、カナダ
多くの食品が汚染されていると言っても実際は低い菌数で、この程度の菌数を摂取しても健康上の問題はなく、いわゆるゼロトレランスは現実的ではないという事で、Codexの基準を採用している。
2.Codexのリステリア微生物基準
対象となる食品は、非加熱喫食食品(ready-to-eat(RTE) foods)。
①消費期限内増殖の見られないRTE
n=5、c=0、m=100CFU/g、Class Plan 2
②増殖の認められる場合RTE
n=5、c=0、m=25gから非検出、Class Plan 2
③菌の挙動に関する科学的評価を行ったRTE
行政当局の科学的根拠のある検討により微生物基準を設定することができる。
3.国内の基準策定まで
薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会で規格基準の策定検討が必要となったことで、厚生労働省から食品安全委員会へリスク評価の依頼があり、食品安全委員会微生物・ウイルス専門調査会でリステリアに関する食品健康影響評価を行った。 2012年より始まり2013年4月にリスク評価終了。2014年厚労審議会基準として了承され、12月に基準として通知された。
4.専門調査会におけるリスク評価の方向性
リステリア症の患者数は侵襲性のみを対象とし、対象食品はRTE食品とする。
JEMRAのリスク評価をベースに評価を行い、我が国のデータとして喫食量、汚染率、感受性集団の割合等を可能な限り採用する。リステリア感染症の年間発症リスクを同一菌量で汚染されている場合と汚染分布に基づく複数用量を用いた2つのアプローチで行う。
RTE食品の喫食量は1食あたり50g、100g、200gと仮定する。
我が国のリステリア感染症の感受性集団の割合は27%とした。
国内のリステリア感染症の年間患者数はJANISデータによる推定値より約200人を用いる。
RTE食品のリステリア汚染率は2.58%とした。
喫食時のRTE食品のリステリア汚染分布を利用したアプローチでリスク評価を行う。
法的規制をしても何らかの理由で高い菌数の食品による事例が発生することを考慮する必要を示す必要がある。
5.食品衛生法第11条第1項に基づく成分規格
対象食品:非加熱食肉製品(加熱せずに食するもの限る)
ナチュラルチーズ(ソフトおよびセミソフトタイプに限る)
成分規格:リステリアの基準値(100cfu/g)を設定
検 査:ISO法に準じた試験法(n=5、c=0、m=100cfu/g、Class Plan2)
6.リステリアの基準策定における試験法
標準試験法:NIHSJ-08(定性試験法)、NIHSJ-09(集落計数法による定量法)
これらの試験法は、ISO法を採用
7.食品中及び試料中のリステリアの検査手順
8.迅速・簡便法をどのように捉えてゆくか
第三者機関によるISO法との妥当性確認が必要で、「目的適合性のある迅速・簡便法」となる代替試験法を導入できることが重要。
講演2
食品事業者のためのクレーム対策に役立つ異物検査 ~分析手法と事例の紹介~
冨田 早由 (一般財団法人日本食品分析センター 彩都研究所 試験研究部 分析化学課)
1. 異物とは
我が国において食品への異物の混入は、食品衛生法第6条にて、「不潔、異物の混入又は添加その他の事由により、人の健康を損なうおそれがある食品又は添加物は、これを販売し(不特定又は多数の者に授与する販売以外の場合を含む、以下同じ。)、又は販売の用に供するために、採取し、製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならない。
一 腐敗、変敗又は未熟であるもの。
二 有毒な又は有害な物質を含有若しくは附着。
三 病原微生物に汚染されたもの
四 不潔、異物の混入又は添加その他の事由により人の健康を損なうおそれのあるもの」と定義されている。
また,異物の発生のリスクは、食品衛生法違反だけではなく、異物の存在は生産流通の過程で不都合なことや、取り扱い方や環境が非衛生的であった証拠となる。さらに、消費者の健康被害や製品回収などにより、最終的には消費者の信頼を失い、企業イメージは大きく悪化することとなる。
異物が発生した場合、「異物が何であるかを調べる」ことが重要となる。その結果を以って、社内では原因究明と再発防止策を立て、消費者へは真摯に説明をするということが求められる。
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異物検査とは「異物が何であるかを調べる」ための試験である。 試験の目的は、データを収集すること自体ではなく、
〇 異物が何であるか
〇 どのように生成したか
〇 そもそも異物なのか異物ではないのか
〇 原材料から消費者までのどこの段階で混入したのか
〇 人に危害を与えるものなのか
〇 食品衛生法上の問題はあるのか
等の具体的な回答を得ることにある。
2. 異物検査の流れ
異物検査は一般的な分析試験とは違い試験法が定められていない。また、異物は微小でかつ量も少ない場合も多く、正確な結果を導き出すためには、複数の分析手法を組み合わせ、適切に試験を進めていく必要がある。異物検査の基本的な流れとしては、まず目視観察・性状確認を行い、そこでおおよその予想を立て、異物の種類に応じて異物検査の3 点セットと呼ばれる顕微鏡観察、赤外分光分析(FT-IR)及びX 線分析による元素の定性試験を単独もしくは複数組み合わせて検査を実施する。その後、必要に応じてヨウ素デンプン反応などの定性試験,DNA 検査及び機器を用いた各種クロマトグラフィー等を行う。
① 目視観察・性状確認
異物検査では、この最初の観察の工程が異物検査では非常に重要となり、経験豊富な担当者ほど、この見立てが正確で結論までの最短ルートを導くことが可能である。この工程では、目視や実体顕微鏡及びデジタルマイクロスコープを用いて、異物の特徴的な形状を確認し、異物がどのようなものなのかを推定する。観察後、生物・微生物等であれば顕微鏡観察へ、有機物であれば赤外分光分析へ、無機物であればX 線分析による元素の定性試験を実施する。
② 顕微鏡観察
顕微鏡観察は異物検査の最も基本で最も重要な試験であり、生物あるいはその組織を判定する工程である。細菌,カビ,酵母などの微生物の有無の確認や特徴的な構造の植物片、動物細胞、繊維、デンプン粒の確認などを行い、以後の試験を設定する。
③ 赤外分光分析(FT-IR)
赤外分光分析は、異物が合成樹脂,ゴムなどの有機物の場合実施する。物質に赤外光を照射すると分子の結合状態に対応する波長の赤外光を吸収する。その吸収された波長から結合状態や官能基を推測することができる。そのスペクトルパターンは物質に特有なため同定が可能となる。物質が有機物である場合およその成分を推定することができる。
④ X 線分析による元素の定性試験
異物が無機物(金属片、鉱物、ガラス、金属由来の歯科材料等)と考えられる場合、X 線分析装置を用いる。物質に電子線を照射すると、物質の構成している各元素に固有の特性X線が発生する。この特性X線のエネルギーと強度から元素の種類とおおよその量を知ることができる。金属や鉱物などの無機物の元素組成を知ることができ、有機物に混ざった微細な金属片をも検出できる。また鉄や銅などの金属由来の変色であれば原因物質を特定できる。
⑤ 各種定性試験
異物の種類によっては、前項までの試験で得られた結果の妥当性確認や、さらに詳しい情報を得る目的で、以下のような定性試験を行うことがある。
- ヨウ素デンプン反応・・・・・・デンプンの含有確認
- ルミノール発光反応・・・・・・血液の定性反応
- フロログルシン-塩酸反応・・・リグニンの含有確認
- ニンヒドリン反応・・・・・・・タンパク質の定性反応
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カタラーゼ反応・・・・・・・・毛髪や虫の加熱の有無の判断
- バイルシュタイン反応・・・・・ハロゲン元素の含有確認
講演3
食品事業者のための異物混入苦情の動向と再発防止対策の再検討
~ SNS対応時代を迎えて ~
佐藤 邦裕 (公益社団法人 日本食品衛生協会 技術参与)
1. 異物混入苦情の動向
食品への異物混入苦情件数は食を取り巻く事件や事故の発生に敏感に反応して増減する。事件や事故の報道を通じて食に対する消費者の不安や不審が増大することが原因と考えられる。昨今の異物混入事例に対するマスコミの過熱振りについても、過去になかったわけではなく、現在特別なことが起っているわけではない。
特筆すべきは2014年12月に発生したゴキブリ混入事例である。このようなSNSを通じて商品事故情報(必ずしも正確な情報ではないこともある)が広がっていく事例は、今後ますます増加していくと考えられる。
2. なぜこのような事態を招いたのか
本来の異物混入防止対策は以下の手順で実施されるべきものである。従来実施されてきた対策は「1.」の苦情を訴えている消費者への報告と謝罪に終始し、「2.」以下に示す様な再発防止対策が実施されることは少なかった。結果、異物混入対策について自社企業としての取り組みとか基本理念などについて、消費者に対して説明できる企業は殆どないのが現状となっている。
本来の異物混入防止対策
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苦情の発生に際し、対象異物の精査に基づく危険性や安全性などの基礎情報を把握し、 それらを苦情申告者に正確に報告する。
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混入原因・経路の推定は、あらゆる場合を想定しながら客観的な事実を積み上げ、いくつかの仮説を想定していく
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それぞれの仮説について再現性テストなどの検証作業を繰り返しながら、要因を絞り こんでいく。
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一連の作業により特定した混入原因や経路に対し、効果的な改善策を立案する。
- 改善効果が明確になったら、改善策を日常の製造管理システムに導入定着させる。
このような対応が主になってきた背景としては、食品製造企業や流通が異物混入苦情の重要性を正しく認識してこなかったことがある。異物混入苦情の本当の怖さについては消費者心情に注目した「グッドマンの法則」によく表れている。異物混入事例では、商品に不満を感じつつも苦情を申し立てない消費者が多いと考えられる。
商品に不満を持った消費者で、苦情を申し立て、その対応に満足した人の再購入率は高い。一方で、苦情を申し出ない消費者の再購入率は極めて低いことについて、流通・製造従事者は肝に銘ずるべきである。しかも最近の事例で判断する限り、顧客対応でさえも満足なレベルではないことをしめしている。
3. 消費者対応と今後の課題
商品への不満を訴えた消費者への初期対応がこれまで以上に重要になる。初期対応の拙さがそのまま商品や製造企業への不信となり、ネットを通じて短時間の内に多くの消費者へ拡散していく。経営職の消費者心理を理解していない不用意な発言が原因となることもあり、注意が必要である。
事故発生時には、取締役をはじめとする経営職がマスコミ対応することになる場合が多い。経営職が過不足なく現場の状況を把握していることが必須である。製造現場での害虫の発生・侵入情報などのマイナス情報ほど正確にトップに伝えることが重要である。日常的なコミュニケーションの不足が経営職の現場把握の弱さにつながり、消費者の心理を逆なでするような不規則発言となって表れ、ネットでの炎上につながってしまう。
以下に経営トップ主導による組織的な5Sの推進事例(某大手水産加工会社の事例)を示す。
- 経営トップの強い意志
- 全体のマスタースケジュールつくりには品質管理部署
- 取り組みは全員参加(事務方も含む)
- 具体的な活動をしながらルールを作りこむ
- 作ったルールは必ず守る
- 常にルールを改善改良していく PDCA