コーデックスの食品中の微生物規準(MC)の設定と適用に関する原則の改訂
豊福 肇(山口大学 共同獣医学部 教授 / 特定非営利活動法人食の安全を確保するための微生物検査協議会 理事)
微生物規準(MC)はリスク管理のツールの1つである。
コーデックスは 「食品のためのMCの設定及び適用の原則」(以下「MC原則」という。)”Principles for the Establishment and Application of Microbiological Criteria (MC) for foods
(CAC/GL21-1997) “を1997年に採択した。
微生物リスク管理Microbiological Risk Management (MRM)の原則とガイドライン(CAC/GL 63-2007)の附属文書II として、新しい微生物リスク管理の数的指標(metrics)が採択されてから、
1) 最新の知識と実際に行われていることに合わせ、
2) 新しいMRM metrics (FSO, PO及びPC) の概念及び他の定量的な微生物リミット(例、 Process control criteria, HACCPの検証のための検査)の考え方を導入し、
3) MCと他のMRM metricsとの関係に関するガイドラインを提供するため、MC原則の改訂作業を新規作業として始める、ことになった。
コーデックスの食品衛生部会(以下、「CCFH」という。)は、この作業を2010年に開始し、過去5回の物理的作業部会(pWG)において検討した。日本は本議題の共同議長をフィンランドとともに務め、2012年5月にEFSA(イタリア、パルマ)において開催された物理的作業部会(pWG)の前に、43回CCFHでの合意に基づき、実務的な事例(例1~5b)の原案が各事例のリード国(一部はNGO)と2~3の協力国(途上国)によるチームで作成され、EFSAでのpWGにおいて発表された。また、事例作成の過程で得られた知見を本体文書に反映させた。パルマでのpWGには協力国もCodex 信託基金により参加した。協力国は事例案の作成段階の早い時期から作業に参加することで積極的に事例案作成作業に関与することができ、また国内に支援委員会を設けてリード国と議論することで、途上国内での能力開発にも貢献し、本取組みは本基金のより効果的な活用方法といえた。
事例1:GHPベースのアプローチ
― 原案作成チーム:EU(リード国)、ベニン、カメルーン、ガーナ、パナマ
事例2:食品のロットの受け入れを評価するために食品に対して設定される微生物規準
― 原案作成チーム:米国(リード国)、アルゼンチン、タイ、ウルグアイ
事例3a:HACCPシステムのパフォーマンスを検証するために食品に対して設定される微生物規準
― 原案作成チーム:IDF(リード国)、ボリビア、ガンビア、ナイジェリア
事例3b:食品安全管理システムのパフォーマンスを検証するために食品に対して設定される微生物規準
― 原案作成チーム:ニュージーランド(リード国)、コスタリカ、ケニア、キリバス、サモア
事例4:リスクベースのアプローチとして高有病率の食品媒介病原体に対して設定される微生物規準
― 原案作成チーム:デンマーク(リード国)、ブラジル、コロンビア、コスタリカ、セネガル、ALA
事例5a:リスクベースのアプローチとして達成目標(PO)を微生物規準として運用
― 原案作成チーム:カナダ(リード国)、ブラジル、フランス、インド
事例5b:リスクベースのアプローチとして達成目標(PO)を微生物規準として運用
― 原案作成チーム:米国(リード国)、ブラジル
これらの実務的な例は本文書の付属文書にするのではなく、FAO/WHOによるpeer review後、Food Control誌の特集号として発刊される予定である。
2012年11月12日(月)~11月16日(金)、米国、ニューオリンズで開催された第44回CCFHにおいて、MC原則の本体部分はStep5/8に進み、2013年7月の第36回コーデックス総会で採択された。
以下に主な改正点を紹介する。
1. タイトル
タイトルは“Principles for the Establishment and Application of Microbiological Criteria (MC) for foods” から “Principles and Guidelines for the Establishment and Application of Microbiological Criteria related to Foods”.に変更になった。 これは本文書が principles と guidelinesの両方を含むことによる。また。食品ロットの合否だけでなく、工程または食品管理システムの適否を判断することもありえるため“for food”を“related to food”に改めた。
2. 文書の構成 (表2参照)
新しい文書は (a) 新セクション3として「一般原則」“general principles”が入り、 (b) 旧セクション4 および5 を一つにして新セクション 「MCの設定及び適用」“Establishment and application of
MC”を創設し、
さらに(c) 新セクション4にsub-section “Purpose” を種々のMCの目的を明らかにするため設けた。 4.9 “Moving Window” および 4.10 「傾向解析」“Trend
Analysis”は実務的な事例の準備で得られた経験及び実際に一部の国の業界および行政機関で行われている経験をもとに新設された。傾向解析はMCの一部分ではないため、誤解を避けるため、この2つのサブセクションは別のサブセクションとされた。
3. 定義
これは1997年版にはなかったセクションで、次の8つのBullet pointsからなる。
旧: A microbiological criterion for food defines the acceptability of a product or a food lot, based on the absence or presence, or number of microorganisms including parasites,
and/or quantity of their toxins/metabolites, per unit(s) of mass, volume, area or lot.
食品のためのMCは、単位体積、面積、重量またはロット当たりの微生物(寄生虫または毒素/代謝産物を含む)の存在・不在または 菌数に基づき、製品、またはある食品のロットの許容性を判断するもの
新: A microbiological criterion is a risk management metric which indicates the acceptability of a food, or the performance of either a process or a food safety control
system following the outcome of sampling and testing for microorganisms, their toxins/metabolites or markers associated with pathogenicity or other traits at a specified point of the
food chain.
MC
はリスク管理の数的指標(metric)で、フードチェーンのなかの特定のポイントにおける、微生物、毒素、代謝産物または病原性に関連したマーカー等の検査結果に基づき、食品、工程または食品安全コントロールシステムの出来(performance)の許容性を示唆するもの
旧版との一番大きな違いは、微生物検査の結果に基づき、単にロットの許容性を判断するだけでなく、工程や食品安全管理システムの出来栄えもMCで判断しようということである。
4. 一般原則
これは1997年版にはなかったセクションで、次の8つのBullet pointsからなる。
- MCは消費者の健康を守るため、場合によっては食品貿易における公正な取引を保障するため、適切であること。
- MCは必要なときにのみ設定し、実務的で実行可能であること
- MCを設定し、適用する目的を明確に文書に記述すること
- MCの設定は科学的な情報及び解析に基づくべきであり、構造建てた、透明なアプローチで実施すること
- MCは微生物、それらの発生及びフードチェーンにおける挙動に関する情報に基づき設定すること
- MCを設定するときには最終製品の意図される、また消費者による実際の使用を検討する必要がある
- 使用するMCの必要とされる厳しさ(stringency)は意図する目的に対して適切なものであること
- 現在の条件及び取り扱いにおいても、MCが記述した目的に対し、継続的に適切であることを確認するため、MCは定期的なレビューを行うこと
5. アプローチ
MCの設定を検討するとき、 リスク管理の目的並びに入手可能な知識及びデータにより、種々のアプローチを用いることができる。アプローチには1)GHPに関連した実地経験の知識に基づくMC、2) HACCPのような食品安全コントロールシステムの科学的な知識を用いるもの、または3)リスク評価を実施し設定するものがある。3)はリスク管理の新しい数的指標(Metrics、FSO, PO等)を活用し、よりリスクに基づき、食品安全管理システムとMCに要求されるきびしさを関連付けられるようになったことによる。
どのアプローチを選択するかはリスク管理の目的と一致しているべきで、かつ食品安全及び食品の適合性(suitability) に関連して決定されるべきである。
6. 目的
MCを設定して適用するためには複数の理由がありえる. MCの目的としては次のようなものがある:
- 特定のロットの食品を許容できるか否を判断するために評価するため、特に食品の履歴が不明のとき
- 食品安全コントロールシステム、またはフードチェーン上の一部の要素(PrPまたはHACCPシステム)のperformance を検証するため
- 食品事業者間で特定された受入れ規格に関連し、食品の微生物的状態を検証するため
- 選択した制御措置がPOまたはFSOを満たしているか検証するため
- 最高の衛生管理をしたときに達成すべき微生物レベルを食品事業者へ情報提供するため
7. Moving window(ムービングウインドウ 1))
1) ムービング・ウインドウ
通常のサンプリング計画では同一ロットから決められたサンプル数(n)を採取して検査し、その中で基準値(m)を超えるものが(c)個以内であれば合格と判定するが(2階級法)、Moving windowでは、比較的大きな数のサンプル数n個を一定の期間、決められた頻度で採取して検査し、最新の結果が加わるたびに最古の検査結果をn個の枠から削除し、そのn個のなかで、基準値(m)を超えるものが(c)個以内であればその工程または食品安全管理システムは適切に管理されていると判断する手法であり、サンプル日ごとの検査結果を表に表した場合、n個の枠が検査結果が加わる度に日々移動するように見えるので、Moving windowと呼ばれている。
ムービング・ウインドウ アプローチでは、 十分な数のサンプルユニット (n) を一度に採取するのではなく、規定された時間(the “window”)のなかで採取する(例:一週間に15サンプル、3週間で45サンプルがn)。直近に採ったnサンプルの結果を微生物リミット(mまたはM),許容される数cと比較する。新しい結果が得られると、それが“窓”に追加され、最も古い結果が窓から外れる。これが“窓”であり、月日が流れ、新しい結果が得られるたびに“窓”が移動するので、Moving window(ムービング・ウインドウ)という。
このアプローチは一度の検査結果ではなく、結果のセットに適用できる(例えば3週間に得られた結果)。 窓は常にn 個の結果から構成され, 1つまたはセットの結果が得られるたびに、時間に沿って動いていく。 ムービング・ウインドウ アプローチは、工程または食品安全コントロールシステムの微生物的出来具合を継続的にチェックするための、実務的かつコスト利便性の高い方法である。ムービング・ウインドウ アプローチは、コントロールの出来栄えを判断し、コントロールが許容できない方向にシフトしている場合には対策を講じることができる、
窓の長さはタイムリーに改善措置を講じることができるような適切な長さであるべき。nの結果中、c個以上がmのリミットを超えた場合、また1結果でもMを超えた場合、改善措置が必要とされる。ムービング・ウインドーアプローチは傾向分析trend analysis と混同させてはならない。
さらに、統計的及び数学的事項に関する付属文書の必要性についても合意し、そのために以下の内容を含むサンプリングプランの性能特性に関連した統計的及び数学的事項ついて、FAO/WHO専門家会合に科学的助言を求めることとされた。
- 動作特性曲線の策定及び解釈の方法
- 食品中の微生物の分布及び標準偏差の仮定の影響
- ムービングウインドウの期間の策定方法
- その他関連する事項
なお、2013年改訂版と旧1997年版との主な変更点を対比すると表1のようになる。
新(2013年) | 旧(1997年) | |
---|---|---|
定義 | MC はリスク管理の数的指標(metric)で、フードチェーンのなかの特定のポイントにおける、微生物、毒素、代謝産物または病原性に関連したマーカー等の検査結果に基づき、食品、工程または食品安全コントロールシステムの出来(performance)の許容性を示唆するもの。 | 食品のためのMCは、単位体積、面積、重量またはロット当たりの微生物(寄生虫または毒素/代謝産物を含む)の存在・不在または 菌数に基づき、製品、またはある食品のロットの許容性を判断するもの。 |
スコープ |
これらの原則及びガイドラインは国の政府及び食品事業者に対し、食品安全及びその他の食品衛生に適用されるMCを設定し、適用するための枠組みを提供するためのもの。 食品加工環境のモニタリングのために設定されるMCは本文書のスコープではない。 MCは以下(ただし限定されない)に適用されうる。 ・細菌, ウイルス, かび, 酵母, 及び藻類; ・原虫及び蠕虫; ・毒素/代謝産物; 及び ・病原性に関連したマーカー (例:毒性に関連した遺伝子またはプラスミド) またはその他の形質(例:抗菌剤耐性遺伝子) が生きている細胞との関連性において適切な場合 |
この文書の目的のため、微生物には次が含まれる。 細菌, ウイルス, かび, 酵母, 及び藻類; ・寄生原虫及び蠕虫; ・毒素/代謝産物. |
一般原則 | 8項目を新規に作成 | なし |
目的 |
MCを設定し、適用する目的として5項目例示
|
MCは商品設計要件を作成し、原材料、副材料及び最終製品のフードチェーン上の適切な段階における微生物ステイタスを示すために使用される。 出所が不明または不詳の食品(原材料を含む)の検査に用いることができる。 またHACCPに基づくシステム及び優良衛生規範の効率を検証する他の方法がないとき。 一般的にMCは規制当局または食品事業者によって、原材料、副原料、製品、ロットが許容できるか、否かを区別するのに適用される。 MCは工程が食品衛生の一般原則(CAC/RCP 1-1969)と一致しているか判断するために用いられることもある。 |
1997年版の目次 | 2013年の目次 |
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Introduction. 1. Definition of Microbiological criterion. 2. Components of Microbiological criteria for foods 3. Purposes and application of Microbiological criteria for foods 3.1.1 Application by regulatory authorities. 3.1.2 Application by a food business operator. 4. General considerations concerning Principles for establishing and applying microbiological criteria 5. Microbiological aspects of criteria 5.1 Microorganisms, parasites and their toxins/metabolites of importance in a particular food 5.2 Microbiological methods 5.3 Microbiological limits 6. Sampling plans Methods and handling 7. Reporting |
1. Introduction 2. Scope and Definitions 2.1 Scope 2.2 Definitions 3. General Principles 4. Establishment and Application of Microbiological Criteria 4.1 General considerations 4.2 Purpose 4.3 Relationship between Microbiological Criteria other Microbiological Risk Management Metrics and ALOP 4.4 Components and other considerations 4.5 Sampling Plan 4.6 Microbiological and/or other limits 4.7 Analytical Methods 4.8 Statistical Performance 4.9 Moving Window 4.10 Trend Analysis 4.11 Actions to be taken when the Microbiological Criterion is not met 4.12 Documentation and Record Keeping 5. Review of Microbiological Criteria for Foods |