定期通信52号は、2021年11月25日に中央区立日本橋公会堂で開催された第17回研修会の聴講録です。講演の概要を簡潔に取りまとめ、数枚のスライドを挿入して、ご講演をいただきました宮下隆先生、山本茂貴先生、森曜子先生に監修をしていただいたものです。会誌「食の安全と微生物検査」第11巻第2号の資料を合わせてご覧ください。研修会の記録をVimeoでアーカイブ配信しています。お知らせをご覧ください。
●講演1
MALDI-MS微生物同定で革新する品質保証(宮下 隆 先生)
●講演2
食品健康影響評価のためのリスクプロファイル-鶏肉等におけるCampylobacter jejuni /coliについて / (山本 茂貴 先生)
●講演3
シリーズ ISO17025 第1回 「ISO/IEC 17025 序論-国際標準として求められる ラボラトリの能力とは-」(森 曜子 先生)
講演1
MALDI-MS微生物同定で革新する品質保証
宮下 隆
キユーピー株式会社 品質保証本部 食品安全科学センター長
キユーピー株式会社 品質保証本部 食品安全科学センター長
近年の食の安全安心への関心の高まりや食品の安全性確保の国際的な動きとして2021年6月よりすべての食品事業者に対して食品衛生法のもと、HACCPに沿った衛生管理法の制度が開始された。
その中で、この重要管理点を設定するためには、工程や原料に存在している微生物の把握と、それが製造方法で制御できるかが重要となる。その制御のためには、検出した微生物の菌種を明らかにする=つまりは同定する必要がある。微生物同定を行うことで、人への危害の有無が判断や、フードチェーンにおける原因究明に繋げることが可能となる。つまり微生物同定は「食品安全の確保」における重要な調査の一つであり、また迅速さも求められている。
微生物を検出した際の対応
製品検査で菌が検出されたら、まず「検出菌の危害の判断」、次に「原因の究明と原因箇所の特定」、最後に「恒久的な対策の実施と検証」を行うことが重要である。つまり微生物制御は【ハードル理論】である。これは物理的・化学的な条件を適切なものに設定することによって、食品に一次的あるいは二次的に汚染した微生物を制御する技術であると言える。微生物制御を達成するために初発菌数の低減、ハードル数の増加(微生物制御の因子の追加)、ハードルの高さの調整(殺菌条件やpHでバランスを取ること)が重要となっている。よって、
- 商品毎のハードルをよく理解すること
- どのハードルの要因が弱まった時、何の菌がどのくらいのスピードで増殖するかをデータベース化しておくこと
- 生化学的性状のデータを取得しておくこと
が必要である。
MALDI-MSとは
MALDI-MSとは、(Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization-Time of Flight Mass Spectrometer / マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計)微生物の菌体中に存在しているリボソームタンパク質を解析する「プロテオーム解析」である。微生物ごとに遺伝子が異なるようにリボソームタンパク質も異なるためMALDI-MSでの質量スペクトルも異なりm/z(質量)の違いで菌種の同定が可能となる。
リボソームタンパク質は細胞中に大量に存在し、培養条件によるサブユニットタンパク質の組成や構造の変化がないことなどからMALDI-MSによる分析に適している。また、菌種ごとに異なるスペクトラムパターンにより、信頼性の高い同定を行うことができる。しかし、カビはリボソームタンパク質が少ないため現時点では不向きである。
MALDI-MSへの今後の期待
主に5つの点が期待されている。
① 菌種の拡充、精度向上、認証範囲の拡大
② 詳細分析(株・血清型判別・バイオマーカーの設定)
③ 精度の高いカビ同定法(直接コロニーからの分析法)
④
食品分析への応用(異物・偽和偽装・品種特定)
⑤ コスト低減(機器価格、消耗品価格、保守費用)
今後の課題
MALDI-MSでの微生物同定の最重要課題は主に【菌株のデータベースの拡充】と【技術深耕と発展】の2点である。まず、菌株のデータベースの拡充のためには質と量、ラボごとでの同定データベースの作成には限界があるため、菌の多様性を加味し、分譲株や食品からの分離株を多く入れることが大切である。
そのために現在、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)での同定データベースの公開や産学官連携(MALDI-MS微生物同定コンソーシアム)での共有化が行われている。また、技術の深耕では、MALDI-MS食品微生物研究会が立ち上がり、MALDI-MSを用いた微生物同定や菌株識別などの最新技術の共有化と展開を行っている。
このようにして、微生物での課題に対し、迅速に!誰でも!精度よく!そして安価に!微生物同定ができるMALDI-MSは、気軽に微生物同定が出来ることから、品質保証や製品開発の必須アイテムとなりつつあり、食品安全に大きく寄与できるものと期待している。
Q&A
Q1 MALDI-MSや次世代シーケンサーがあるが食品衛生ではMALDI-MSのほうがよいのか。
A1 次世代シーケンサーは、費用や時間、技術面でのハードルが高いため、時間の面や簡便性の面でもMALDI-MSのほうがおすすめ。
Q2 コンソーシアムのデータベースは公開されているのか。
A2 精度が確定できれば今後、一般公開を行う予定である。時期は未定。
Q3 初期費用やランニングコストはどのくらいかかるのか。
A3 機器本体で2000~3000万円、保守で300万円くらい。
Q4 膨張品からの直接同定は、冷蔵品でも可能なのか。
A4 冷蔵品でも膨張や性状が変っており、菌数が上がっているのであれば単一菌と考えてよいため、対応可。
以上
講演2
食品健康影響評価のためのリスクプロファイル
- 鶏肉等におけるCampylobacter jejuni /coliについて
山本 茂貴
内閣府食品安全委員会 委員長
内閣府食品安全委員会 委員長
食品安全委員会は、自らの判断により食品健康影響評価を行う案件として、「微生物・ウイルス評価書 鶏肉中のカンピロバクター・ジェジュニ/コリ」を作成し、フードチェーンの各段階に沿って問題点・現状のリスクおよび効果を2009年6月、2018年5月に公表した。
そして、新たな知見を追記しさらに現状を踏まえ「問題点の抽出と今後の課題」を再総括したものを2021年改訂版のリスクプロファイルとして公表した。
各更新点
流通から消費段階の各段階での課題
流通段階
国内流通鶏肉製品の254検体中94件(37.0%)からカンピロバクターが検出された。用量反応関係に係る別の調査では摂取菌数が100個以上では90%程度の感染確率となる予測結果が得られたことから、少ない菌数の摂取であってもカンピロバクターに感染する可能性がある。
消費段階
鶏肉の生食に関するアンケートを行った結果、43.9%の人が生食経験ありと回答した。なかでも、食肉を生で喫食するのは若い世代ほど割合が高かった。また大学生を対象とした調査の場合、3割超において鶏肉の生食経験があることが分かった。
よって消費者が取り組める食中毒予防策としては、まず鶏肉等は生、加熱不十分で食べないこと、広がりを防ぐため生の鶏肉等を水洗いしないこと、肉と他の食材との接触を防ぐことなどが挙げられる。
国内のリスク管理措置
消費者へ届くよりももっと前の上流段階から菌数を減らしていくことが求められる。 生産段階の対策では、飼養衛生管理基準の改定を行い一般的な衛生管理を行うことを強化した。
食鳥処理場での対策では、HACCPに沿った衛生管理の実施を義務付けが大事である。 食品取扱時の対策では、食品事業者に対して加熱表示の徹底を行うことが求められる。
リスク低減策
リスクを低減するために取り得る対策として、生産段階ではバイオセキュリティの強化が最も大切である。食鳥処理場・加工・流通段階では区分処理が効果があるとされている。区分処理とは、感染していないものを処理したあとに感染したものを処理するなど処理の順番を工夫することである。
問題点の抽出および今後の課題
生産段階ではカンピロバクターによる汚染を減少させるために衛生管理やバイオセキュリティの徹底が重要となってくる。食鳥処理段階ではHACCPの導入で管理が適切に行われることが重要である。流通・販売・消費段階では加熱用鶏肉の生食用への転用を防ぐための表示や加熱の重要性を伝えることが非常に重要となっている。
今後の課題
- カンピロバクター汚染状況及び健康被害実態の把握
- 生の鶏肉によるカンピロバクター食中毒防止
- リスクコミュニケーションを含む消費段階でのカンピロバクター食中毒対策
- 鶏肉のカンピロバクター対策に関する調査研究
などを行うことで今後のリスク評価作成につなげる。
Q&A
Q1 コロナ渦で食品における大きな変化はあるか。
A1 A. カンピロバクターや特にノロウイルスが減少した。手洗いや消毒が徹底されていることが要因と考えられている。対してサルモネラやウェルシュ菌等は家庭や仕出し弁当が原因となるものなので減少はしていない。
Q2 輸入鶏肉についてどのような情報や知識を持っているべきか。
A2 冷凍状態で輸入されてくるためカンピロバクター汚染のリスクは下がってくる。1/10くらいの汚染率、菌量である。
Q3 カンピロバクターのいない環境で育った鶏なら生食は可能であるのか。
A3 カンピロバクターだけを考えるなら、それでよいが、サルモネラなどその他の食中毒菌が生産段階で排除できない状況では、生食は難しいと考える。
以上
講演3
シリーズ ISO17025 第1回
ISO/IEC 17025 序論 -国際標準として求められる ラボラトリの能力とは-
森 曜子
AOAC INTERNATIONAL JAPAN SECTION 元会長 / 公益社団法人 日本食品衛生協会 技術参与
AOAC INTERNATIONAL JAPAN SECTION 元会長 / 公益社団法人 日本食品衛生協会 技術参与
1. はじめに
試験結果を信頼するということは、試験を実施したラボラトリを信頼することを意味するが、試験結果の利用者(依頼者、発注者)にとってラボラトリの内部は全くのブラックボックスであり、正しく評価することは困難である。実際には、ラボラトリの規模、機関の位置づけ、あるいは過去の実績などの漠然とした信頼感に頼っているのが実情になっていると考えられる。今回の研修会では、以下の事項について紹介と説明する。
- 試験結果の利用者からの信頼を得るために海外でどのような取り組みが行われてきたか
- 国際機関等で、ISO/IEC 17025をラボラトリの能力評価の標準として採用している事例
- 2017年の改正内容を通して、ISO/IEC 17025がラボラトリに求めていること
2. 試験結果の信頼性確保のあゆみ
最初にラボラトリの能力評価システムを立ち上げたのは第二次世界大戦中のオーストラリアである。アジア・太平洋地域での軍需物資の補給基地の役割を担っていたオーストラリア政府は、連合国軍からの信頼を得るため軍需物資の適合性試験を行っていたが、戦闘激化にともなう軍需物資の増加により民間の試験機関を活用せざるを得なくなった。このため専門家会議を立ち上げ、政府、産業、商業のニーズを満たす試験施設の評価スキームを開発した。
戦後、この評価スキームを基に最初の試験所認定機関であるNATAが設立され、その後、本評価スキームを受け入れて老舗認定機関であるUKAS、SWEDAC、NVLAPなどが設立された。一方で国内の状況を見てみると、QC活動やTQC活動のように現場担当者の活動に依存していた面が大きく、その後1982年には医薬品のGLP、1996年には指定検査機関のGLP、翌年には食品衛生検査施設のGLPが導入されているが、欧米諸国と比較すると試験所認定制度の導入が20-30年遅れている。
3. ISO/IEC 17025をラボラトリの能力評価の標準として採用している事例
WTOでは、その設立と同時に国際貿易の円滑化を図ることを目的としたWTO協定が発効されている。WTO協定の中には、貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)や衛生と植物防疫のための措置の適用に関する協定(SPS協定)が含まれており、ここでは国際規格を基にした国内規格の策定の原則、国内規格作成時の透明性の確保などを求めている。
つまり適合性評価の手続きには原則として国際標準を使用することを求めている。
SPS協定では、食品の安全についてはCodex委員会(CAC)、動物の健康、人畜共通伝染病については国際獣疫事務局(OIE)、植物の健康については国際植物防疫条約事務局(IPPC)による基準、勧告、ガイドラインに従うことを定めており、CACでは食品の輸出入規制に関わる試験所の要件としてISO/IEC17025の順守、技能試験への参加、妥当性確認された方法の使用、内部品質管理手順を用いることを求めている。
つまり、試験結果と基準、あるいは異なるラボラトリで得られた試験結果間の比較を可能にすることを求めていることになる。
4. 国際標準であるISO/IEC 17025がラボラトリに求めているもの
ISOは、その分野の専門家によって合意された事項であり、規格というよりは最低限守るべき事項、すなわち常識としてまとめられたものと解釈したほうが理解しやすい。ISO/IEC17025も規格と考えるのではなく国際標準と考えると理解しやすいと思われる。このISO/IEC 17025は2017年に12年ぶりに改訂されているが、中身が変わったのではなく表現が変わってきている。
2005年版では「○○を規定している」という表現が取られていたが2017年版では原則的にこの表現は使用されなくなっている代わりに、自らが定めた要求事項、つまり規定や手順に従うことを求めてきている。なお2017年版では、リスク及び機会への取り組み(risk-based thinking)を要求している。2017年版の重要ポイントとしては以下のような事項がある。
- General requirements (一般要求事項)の新設
- Impartiality(公平性)→定義としては客観性があること
-
Process approachの導入 Risk based thinkingの概念の導入
規範型の要求事項からパフォーマンスベースの要求事項
今回の改訂により、「ラボラトリの適格な運営」を実現するために、「品質保証」及び「信頼性確保」のための具体的な要求事項が減り、代わりにプロセス(工程・活動)の結果に重点が置かれ、アプローチ(取り組み)の仕方が示された、と考えることができる。
プロセスアプローチとは、組織の方針(使命)・目標、試験結果の使用目的に対して、契約・受付から試験の実施、結果の評価、結果報告書の発出に至る各プロセスの相互関係を一貫性をもってマネジメントする、すなわちラボラトリとしてムリ・ムダ・ムラのない、効率的な運営を可能にすることである。
Q&A
Q1 食品微生物検査の内部精度管理の実施においてATCC株などの標準菌株を用いて定期的にチェックすべきなのか?その場合の頻度はどのように考えれば良いか?
A1 標準菌株を用いるのは内部精度管理(内部品質管理)というよりも試験法の検証、つまり日々の試験が適切に運用できているか確認する目的で使用することになる。標準菌株を用いた検証は、年に一度程度、あるいは使用する機器を変更した場合などに行えば良いと思われる。内部精度管理の実施においては標準菌株を使用する必要は無く、日常的に使用している保存株(5継代まで)または管理用試料を活用すれば良いと考える。
Q2 微生物試験のCRM(認証標準物質)には定量標準と定性標準があるが、定性標準の不確かさはどのように担保されるのか?
A2 定量標準には付与値と不確かさが付けられている、一方の定性標準はATCC株のような標準菌株を示している。測定の不確かさは定量値に付与され、定性試験の結果の不確かさを推定することは難しい。広義の意味での結果の不確かさは、偽陽性率や偽陰性率を試験法の妥当性確認で得られた結果との比較で検証することが推奨される。
Q3 微生物試験のサーベイランス(外部監査)を提供する要件について
A3 SO/IEC 17025による試験所認定は、国際基準(ISO/IEC17011)に基づく認定機関としての能力が求められる。質問が第二者監査(外部提供者監査および他の外部利害関係者による監査)による外部監査を指している場合は、内部監査と同様にISO 19011(JIS Q 19011)に指針が示されている。第二者監査の場合は、特に要件となるものはないが、監査側と被監査側の間で、監査の目的について十分なすり合わせを行うことが必要となる。
以上